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【交通】「浜名湖をひとっ飛び」!?遠鉄バスの細心・大胆なネットワーク-浜松と遠鉄:第3回

 前回は「浜松の顔」遠州鉄道の、鉄道線を取り上げました。今回は、浜松中を走り回り、存在感は鉄道線以上にある「遠鉄バス」の姿をご紹介します。

 浜松におけるバスの交通分担率は、昭和50年時点では7%あったのが平成19年時点で2.2%にまで落ち込んでおり、利用者数も年々減少を続けています。
 分担率だけ見ると「バスは使えない」という印象を持つかもしれません。
 しかしながら、遠鉄バスのサービス水準は、地方都市としてはかなり高いレベルに位置しています。そして、行われている数々の施策にはしっかりとした意図があります。

 そこで、数多くの施策の中から、特に興味深いと感じた施策をご紹介したいと思います。

 
浜松駅バスターミナル

遠鉄バスの拠点、浜松駅バスターミナル。(撮影:夕霧もや・2013年)

 

張り巡らされた「バスネットワーク」

 まずは、改めて路線図でバス網を見てみましょう。この路線図では、昼間に3本/時以上の運行がある系統を抜粋していますが、それでもこれだけの路線が載っています。

 
遠鉄電車・バス路線図

遠鉄電車・バス路線図。(日中3本/時以上の路線を抜粋、本数が少ない区間は一部のみ掲載。遠鉄電車・バスの公式路線図・時刻表とOpenStreetMapを元に作成) © OpenStreetMap contributors

 

 特に、「姫街道」を走る「気賀・三ヶ日線」(左上に伸びる緑色の線)は、途中の聖隷三方原病院まで6本/時が運行されており、驚異的な利便性です。
 全体として、鉄道線と合わせて放射状の公共交通ネットワークが構築されています。

レベルの高い「当たり前」をつくった「オムニバスタウン」

 遠鉄バスと言えば、車体に「オムニバス」の文字が書いてあるのが一つの特徴です。
 「オムニバス」と言えば、本やCD短編集を指すことが多いように思います。この言葉は元々はラテン語に由来しており、「乗り合い馬車」という意味を持っています。転じて、「様々なものを含む」短編集を指すようになり、現在の「バス」という言葉の由来でもあります。
 そして、遠鉄バスの「オムニバス」は、遠鉄が導入しているノンステップ車両を指す愛称です。

 
オムニバス

遠鉄バスでよくみる「人・まち・環境にやさしいオムニバス」の表記。(撮影:夕霧もや・2016年)

 

 このバスが導入されるに至った理由は、旧運輸省・建設省・警察庁が創設した「オムニバスタウン」という制度に遡ることができます。「オムニバスタウン」では、「人・まち・環境にやさしいバス交通」の活性化を目標として、様々なバスのサービス向上・利用促進施策が実施されました。浜松を皮切りとして、全国の12都市が制度の指定を受けています。
 この制度下での施策の一環として、「オムニバス」と名付けられたノンステップ車両が導入されたのです。その効果は大きく、実験として全便をオムニバスで運用した「泉高丘線」では利用者数が約10%増加したとのことです。
 また、バスロケや駐輪場、屋根を備えた「ハイグレードバス停」、ウェブ上でバスの接近情報が見られる「インターネットバスロケ」、バスの走行と連動して信号を制御してスムーズな走行を可能にする「PTPS」なども合わせて導入され、利便性の向上に務めています。
 これらの仕組みは今でこそ各都市に広まっていますが、当時としては先駆的なサービスです。そして、少々古くなってきたようには見えますが、しっかりと機能しているように思います。

全国でもトップクラス? 通学輸送の奥深さ

 バスが最も利用される時間は、やはり朝です。特に、車が中心の浜松では通学が非常に大きな割合を占めています。2017年現在、遠鉄バス全利用者のうち43%が学生となっています。鉄道は同23%なだけに、バスの「通学」特化は際立っています。
 鉄道の回でも触れましたが、浜松の通学輸送は複雑な流動があります。そんな通学需要に応えるため、遠鉄バスでは通学輸送に様々な工夫を凝らしています。特徴的な施策を3点ご紹介します。

●「浜名湖をひとっとび」

 遠鉄バスのサイトで「浜名湖をひとっとび」として紹介されているのが急行バス「オレンジ・エクスプレス」です。市の北西部に位置する三ヶ日から浜松市内へと、浜名湖を東名高速道路で越える経路で運行されています。
 三ヶ日から浜松駅までは通常の路線バスも運行されています。しかし、経路となる「姫街道」が、主要道路であるにも関わらず2車線道路であるため、朝は渋滞が激しくなっています。そのため、通常便は三ヶ日から浜松駅まで104分を要します。一方、「オレンジ・エクスプレス」は66分となっており、大幅な時間短縮が図られているのです。

 
オレンジ・エクスプレス

高速バスタイプの車両なので、快適な通勤・通学が可能です。 (撮影:白井大河・2016年)

 

 オレンジ・エクスプレスは平日の朝に2便が設定されており、うち1便は学校の開校日限定の運行となっているのが特徴的です。全国各地に「通勤高速バス」と呼べるものは散見されますが、「通学高速バス」はなかなかありません。
 すれ違いざまに2便とも利用率を確認したところ、平日運行の1本はほぼ満席、開校日限定のもう1本は5~6割程度というところでした。充分に機能していると感じました。

●「モーニング・ダイレクト」

 地方都市の交通網は中心となる駅や市街地から放射状に広がる形が一般的です。冒頭で示した路線図の通り、浜松も例に漏れません。基本的には浜松駅を起点として各方面へと鉄道・バス路線が伸びています。こうした放射状の形態では、どこかへ向かう際にはほぼ中心部を経由する必要があります。公共交通での通勤は郊外部から中心部の勤め先へ向かうことが多いため、それでも問題はあまりありません。しかし、学校は土地の都合もあってか中心部以外に立地していることも多く、中心部での乗り換えが必要になってしまうケースが存在します。所要時間も手間もかかり、不便です。
 そこで設定されているのが、この「モーニング・ダイレクト」便です。住宅地の地域から学校が多い地域へと直行する系統で、学生にとっての利便性を大きく向上させています。
 通学におけるバス利用率が低下しつつあった1986年より運行されており、現在も浜松市内で計21本が設定されています。

 
モーニング・ダイレクト

2本まとめてやって来た「モーニング・ダイレクト」便。「浜松駅寄らず」の掲示もされています。 (撮影:白井大河・2016年)

 

 経路は各学校から提供された資料を用いて居住分布を把握、プロットした上で需要の多い地区を対象として決められたそうで、現代ならGISが使われていたのかもしれません。
 好調を受けてすでに30年以上運行されている「モーニング・ダイレクト」ですが、最近はスクールバスの影響で利用者が減っており、今後どうなっていくかは分からない状況のようです。

●「鉄道沿線もしっかりカバー」

 浜松でもっとも学生が集中するのは、浜松城のすぐ西のエリアです。「モーニング・ダイレクト便」でもこの地域を経由・目的地とする便が数多くあります。
 バスが直接カバーしている地域からの通学はいいのですが、問題は鉄道線の沿線からの通学です。路線図を見ると分かるのですが、鉄道線が伸びている北東方向はバス系統が手薄です。また、「モーニング・ダイレクト」は鉄道線沿線には走っていません。すると、遠鉄電車沿線の学生は一度新浜松まで出る必要があるように思えます。しかし、そんなことはありません。しっかり鉄道とバスが連携してカバーしています。
 これこそが、前回鉄道の項で少し触れた「遠州病院駅」で高校生が大量に降りていく理由です。新浜松まで行かずとも、遠州病院からバスに乗り継ぎ、ショートカットすることができるようにダイヤが組まれています。

 
浜松のきめ細やかな通学輸送

常盤町付近の地図。(遠鉄電車・バスの公式路線図・時刻表とOpenStreetMapを元に作成) © OpenStreetMap contributors

 

 近隣に位置する「常盤町」バス停の時刻表を見てみると、7時台には計11本のバスが電車と接続して浜松城方面へと向かっています。しかも、そのうち2本は常盤町始発です。
 同バス停は日中の本数が毎時2本なだけに、通学輸送への力の入れようが感じられます。
 この乗り継ぎによって所要時間はおよそ15分程度短くなり、混雑する新浜松駅での乗り継ぎも回避できます。公式ホームページでも紹介されており、利用者向けにも推奨されているルートとなっているようです。

 通学輸送が充実しているかどうかは、自動車を使えない学生にとっては切実です。特に、学校の選択肢があり、学生数も多い浜松では流動も複雑となり、地域特有の状況になっているように思います。そんな中、工夫を凝らして通学輸送の利便性向上を行っている遠鉄は個人的にとても好感が持てます。

バスの「前後」もカバー

 前回の鉄道編で、「鉄道に乗る前と後」まで考えるのが遠鉄らしさ、と言いましたが、バスでも同様に「前と後」が考えられています。鉄道駅に駐輪場・駐車場を整備するように、バス停に駐輪場や駐車場を数多く併設しているのです。

 
姫街道車庫のP&R

姫街道車庫バス停にて。駐車場が併設され、「パーク&バスライド」を実施中。(撮影:夕霧もや・2016年)

 

 駐車場は全10カ所、駐輪場は全43カ所に設置されています。今回は写真をご用意できませんでしたが、駐輪場は小さなバス停にも設置されています。車で周りながら眺めると、自転車が置いてあるのがちらほらと確認できました。

 また、路線バスだけではなく高速バスでも範囲を広げようとしています。遠鉄バスは国土交通省と「タイムズカーシェア」が連携して行っている「高速バス&カーシェア」実証実験にも参加しています。具体的には、高速バスが止まる浜松インター停留所で、実店舗に寄ることなくレンタカーを借りることが可能な「ピッとGO」というサービスを実施中です。車は浜松駅に返すことも可能で、観光や工場への出張など様々な使い途があります。

 この「前と後」への拘りが、やはり「遠鉄らしさ」と言えるのではないでしょうか。

おわりに

 これまで見てきた通り、遠鉄バスの施策は非常に興味深いものです。特に、一貫性をもった「乗る前と後」をカバーする施策はかなりのレベルに達していると思います。
 一方で、利用減には歯止めがかかっていません。これは、原因はバスそのもののサービス水準というよりは車に適応して発展した都市構造とのミスマッチではないかと思えます。第1回でも紹介した通り、浜松の中心部は商業的な活気が少々弱い状況にあるのです。
 しばしば、公共交通機関と市街地のまちづくりは両輪という風に言われることがあります。こと浜松では、公共交通は奮闘しているだけに、まちづくりも芽が出て欲しいと思わざるを得ません。

 遠鉄バスは趣味的にも、交通の施策を考える上でも意味を持っていると思います。
ぜひ、浜松を訪れた際には乗って、その実力を感じてみて下さい。

「浜松と遠鉄」特集記事一覧

【まちづくり】場末からまちの顔へ変わった浜松駅-浜松と遠鉄:第1回 
【交通】「赤電」の朝を中心にいまを見る-浜松と遠鉄:第2回
【交通】「浜名湖をひとっ飛び」!?遠鉄バスの細心・大胆なネットワーク-浜松と遠鉄:第3回 (当記事)
【まちづくり】「街と生き」てきた遠鉄グループの姿浜松と遠鉄:第4回

本記事の参考資料

鈴木文彦(2001)『路線バスの現在・未来』グランプリ出版
鈴木文彦 (2001)『路線バスの現在・未来PART2』グランプリ出版

遠州鉄道グループ 公式ホームページ http://www.entetsu.co.jp/
遠鉄電車 公式ホームページ http://www.entetsu.co.jp/tetsudou/
遠鉄バス 公式ホームページ http://bus.entetsu.co.jp/index.html
遠鉄コミュニケーションズ「遠州鉄道メディア案内2017」 http://www.entetsu.co.jp/ad/PDF/top/201703_mediaguide.pdf
遠鉄バス「オムニバスタウン5年間の軌跡」 http://bus.entetsu.co.jp/work/omnibus/track.html
浜松市ホームページ「公共交通の活性化と再生に向けて」 http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/kotsu/traffic/kokyo_sesaku/kasseika/index.html
国土交通省「オムニバスタウン構想について」 http://www.mlit.go.jp/jidosha/sesaku/koukyo/omuni/omuni.htm
国土交通省 第2回モーダルコネクト検討会 議事録 https://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/modal_connect/pdf02/proceeding02.pdf
国土交通省 第2回モーダルコネクト検討会 遠州鉄道 説明資料「遠州鉄道の路線バスの取り組み」 https://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/modal_connect/pdf02/4.pdf
タイムズカープラス「高速バス&カーシェア」 http://plus.timescar.jp/exbus/

ほか新聞記事など参照。Webは2017年5月23日閲覧

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てぃえくす (旧 夕霧もや)

ラッシュアワーの秩序ある混沌を観察する人。大きな都市の朝の風景はどこも滾ります。  旅で追いかけるのは「まち」の「一瞬」。通勤・通学で混み合う交通機関や、買い物客で賑わう商業施設。その「まち」でどのように機能しているのか観察するのが楽しいです。 あと、ご当地の甘いものに目がありません。名物も地元で愛されているものも、気になったら食べに行きます。