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【交通】「駅名改称」から見る、関西私鉄のいま―関西の鉄道を探る:第1回

 この3月、滋賀県大津市を走る京阪石山坂本線(大津線)の4駅で駅名が変わりました。目的は「観光客の誘致」や「乗換利用」の促進です。例えば「浜大津」駅が「びわ湖浜大津」駅に、「皇子山」駅が「京阪大津京」駅になりました。こうした駅名改称は、近年阪急や近鉄といった他の関西私鉄でも相次いでいます。なぜ近年、関西私鉄で駅名改称が続いているのでしょうか。その理由を探ると、関西私鉄の「変化」が見えてきます。

 
今回、駅名改称が行われた石山坂本線 ※写真は以前のもの (撮影:夕霧もや・2012年)

今回、駅名改称が行われた石山坂本線 ※写真は以前のもの (撮影:夕霧もや・2012年)

 

「駅名改称」のパターン

 そもそも、駅名改称はなぜ行われるのでしょうか。大きく分けると下記のように2つのパターンがあります。

  1. 所在地の自治体名を含む名前への改称(例:「平」→「いわき」)
  2. どんな場所かアピールするための改称(例:「城崎」→「城崎温泉」)

 特に近年多いのは、2.の場所をアピールするための駅名改称です。特に観光地をアピールするために用いられ、国鉄がJRへと民営化した1988年以降に一気に増加しました。国鉄時代は駅名改称が例外的にしか認められていなかったのが、JRでは地元が費用を負担すれば改称できるようになったためです。
 しかし、駅名改称の費用はけして安くありません。各種システムの改修や運賃板や路線図を取り替えるため、安くて数千万~高いと数億ほどかかります。
 それでも「駅名改称」は、2008年以降、関西の私鉄で相次いでいます。それは一体なぜなのでしょうか。

京阪電鉄の乗客誘致戦略

 関西私鉄の中でも、駅名改称を含めた戦略的な乗客誘致を行っているのが京阪電鉄です。2008年には、他の関西私鉄に先がけて京都市内3駅の駅名改称を行いました。(「四条」⇒「祇園四条」、「五条」⇒「清水五条」、「丸太町」⇒「神宮丸太町」)
 京阪電鉄の駅名改称は、有名な地名を頭に付けるパターンでの改称が中心です(「”祇園”四条」、「”びわ湖”浜大津」など)。こうした改称は、ネット検索から目的地を探すことが多い現代では効果的です。

 
2008年に改称された「祇園四条」駅(撮影:夕霧もや・2010年)

2008年に改称された「祇園四条」駅(撮影:夕霧もや・2010年)

 

 例えば「祇園」に行こうとした際、行き方を調べるためにGoogle map や乗換案内アプリがしばしば活用されます。その際、「祇園四条」という駅名であれば、頭に「祇園」が付いているため上に表示されやすくなります。検索の面でも効果が大きく、「祇園」というワードで検索すると、Googleサジェストでは「祇園四条」が3番目に、「祇園四条駅」が6番目に表示されるようです。土地に不慣れな観光客を取り込む上で、「鉄道の最寄駅がある」と認知されるのは重要です。観光客に「分かりやすい」だけではなく、営業戦略という側面があるのです。
 明言はされていませんが、京阪電鉄はおそらく戦略的に駅名改称を行っています。2015年の日経MJ紙におけるインタビューでは、社長の加藤好文氏が「鉄道に乗る際に利用者はスマホの乗り換えサイトを利用する。選ばれるためにはサイトで上位に表示される必要があり、そのために所要時間を短くしようとしている」という趣旨の発言をしています。実際、2016年のダイヤ改正では京阪特急の所要時間が短縮され、大阪の京橋~京都の七条をノンストップで走る快速特急「洛楽」も増発されています。社長が取材で語るほどですから、ウェブに表示され、選ばれることを強く意識していると推測されるのです。
 こうした施策が功を奏したのか、京阪電鉄の乗降客数は近年増加傾向です。

 
京橋-七条間をノンストップで結ぶ快速特急「洛楽」(撮影:Jr223・2018年 Wikimedia commons CC4.0 表示・継承に基づく )

京橋-七条間をノンストップで結ぶ快速特急「洛楽」(撮影:Jr223・2018年 Wikimedia commons CC4.0 表示・継承に基づく )

 

関西私鉄で改称が相次ぐ理由は?

 まずは京阪の例を挙げましたが、関西の私鉄で近年行われている駅名改称は、駅名の前に地域名や都市名を付けることが多いという特徴があります。
 なかでも利用者が多く、最も頻繁に列車の行き先として表示されるターミナル駅の駅名変更は、他の駅よりも大きな意味合いがあります。不慣れな利用者に対して分かりやすさが重要なだけでなく、どこへ行けるかをアピールする効果も持っているためです。ターミナル駅名の重要性を示す例として、地下鉄半蔵門線と東急田園都市線の直通運転における逸話が時おり語られます。自社線内で列車の行き先にライバル百貨店の名の三越を案内したくなかった東急が、「三越前」行を「半蔵門線直通」や「渋谷方面」と案内していたというエピソードです。真偽は定かではないですが、こうした逸話が生まれるほどにターミナルの駅名は重要です。
 「近鉄難波」の「大阪難波」への改称(2009年)、阪急・阪神「三宮」駅の「神戸三宮駅」への改称(2013年~2014年)はまさにターミナル駅の改称例です。この2駅は先に述べた京阪の例と同様、都市名を頭に付ける形での改称で、宣伝効果も意識されているよう思います。
 さて、京阪にとどまらず、関西私鉄全体に駅名改称が広がったのはなぜでしょうか。大きく分けて2つの理由が推測されます。
 1つ目が、鉄道ネットワーク拡大への対応です。例えば、先に触れた近鉄と阪神の駅名改称は、2009年の阪神なんば線開業&阪神線と近鉄奈良線の直通開始を踏まえています。この直通開始後の1年間で神戸への観光客が6.9万人、奈良への観光客が5.4万人増加したと推測されています(住友信託銀行の調査による)。これは奈良県から兵庫県、兵庫県から奈良県を訪れた観光客がそれぞれ約5%増加したのに等しい値です。増加した新たな利用者層に対して、どこに行けるか分かりやすく・アピールしやすくために改称は有効な手段です。

 
阪神線と近鉄線を直通する「快速急行」。行先表示でも「神戸」が自然とアピールされる。(撮影:夕霧もや・2015年)

阪神線と近鉄線を直通する「快速急行」。行先表示でも「神戸」が自然とアピールされる。(撮影:夕霧もや・2015年)

 

 2つ目が、観光・行楽利用の促進です。その背景にあるのは、京阪神圏における通勤・通学利用者の減少です。例えば「大都市交通センサス」のデータに基づくと、1990年に1日約157万人だった定期券利用者は、2015年には約100万人に減少しています。(路線ごとの利用者数を合算する方法で揃えて計算)大都市交通センサスは誤差も多いため正確な値ではありませんが、およそ2/3とかなり減少していることが分かります。鉄道会社にとっては由々しき事態ですが、定期利用者を増やすのは容易ではありません。各事業者単位で行えるまちづくり等のミクロな対策以上に、都市圏全体の人口や経済活力というマクロな動きの影響を受けてしまうためです。それを補うため、関西私鉄各社は観光・行楽客誘致に力を入れ、定期外利用者を増やそうとしています。
 特に、近年は関西空港へのLCC就航増を背景に、インバウンド観光客が著しく増加しています。彼らは日本の交通機関利用に不慣れなだけに、分かりやすい駅名はより重要度を増していると言えます。

駅名改称とリンクする「東福寺乗り換えルート」

理由に挙げた「鉄道ネットワークの拡大」、「観光・行楽利用の促進」の双方に当てはまるのが、京阪電鉄が関係している「東福寺乗り換えルート」の推進です。

 
京阪線とJR奈良線がホームを並べる東福寺駅 、画面右側は乗り換え改札(撮影:夕霧もや・2017年)

京阪線とJR奈良線がホームを並べる東福寺駅 、画面右側は乗り換え改札(撮影:夕霧もや・2017年)

 

 これはJR京都駅から清水・祇園エリアへ向かうためのルートで、JR奈良線と京阪線を東福寺駅で乗り継いで移動します。清水・祇園エリアには、清水寺や平安神宮をはじめとした観光地が数多くあります。しかし、京都駅からのアクセスは系統が複雑な上に道路が渋滞している路線バス頼みで、不便でした。
 そこで、改善策として「東福寺乗り換えルート」の利用促進がJRと京阪の共同で行われ始めました。取り組みの発表は京都市内3駅の駅名改称と同時に2007年に行われており、2つの策は連動しています。ちなみに、京都市の政策である「歩くまち京都」の実現に向けた手段としても位置づけられています。
 このルートを推していく上で、駅名改称は不可欠だったと考えられます。JRからの新しい利用者に対応し、観光利用を促進していく上で、旧駅名の「五条」「四条」「丸太町」では観光地にアクセスできると分からないためです。

 
駅名改称された3駅を含む、京都駅から東山・祇園方面の地図 (OpenStreetMapを元に夕霧もや作成) © OpenStreetMap contributors

駅名改称された3駅を含む、京都駅から東山・祇園方面の地図
(OpenStreetMapを元に夕霧もや作成)©OpenStreetMap contributors

 

 宣伝の甲斐もあって東福寺乗り換えルートの利用者は年々増加しており、2011年には乗り換え改札口も新設されるほどになりました。

 駅名改称の話とは少し離れますが、この事例は「JRと私鉄の連携」という意味でも特徴的です。
 関西はJR対私鉄、私鉄対私鉄の競合が激しいと言われる土地柄です。しかし、競合しない箇所ではネットワークとして協力関係を結び、鉄道というモード全体の利用促進を図っていることもあるのです。

おわりに

 「駅名改称」という切り口から、関西私鉄が置かれている状況・京阪電鉄の施策をご紹介しました。けして即効性のある施策ではありませんが、地道な利用促進、マーケティングが行われています。今回改称した京津線・石山坂本線の目立った話はまだ聞こえてきませんが、琵琶湖を活かした観光プロモーション等に期待がかかります。
 ところで、今回は関西私鉄の「非日常」利用の側面をお伝えしました。となれば気になるのが関西の「日常」利用ー通勤ラッシュの状況です。次回は新年度ということもあり、京阪神圏のラッシュ模様をお届けいたします。

参考文献

今尾恵介(2010)「消えた駅名 駅名改称の裏に隠された謎と秘密」講談社
日本民鉄協会(2009)『広報誌『みんてつ』』,30
日本民鉄協会(2010)『広報誌『みんてつ』』,34 
「大都市交通センサス」各年度

「都市交通年報」各年度

住友信託銀行(2010)「経済の動き~阪神なんば線開通の経済効果」,『住友信託銀行調査月報』2010 年 4 月号
日経流通新聞(2015)「京阪電気鉄道社長加藤好文さん――成長路線へ『観光』創る、琵琶湖疏水、人呼び込む(トップに聞く)」,『日経流通新聞』2015年10月19日号

太田恒平,野津直樹(2015)「経路検索条件データを用いた交通・観光行動分析 ~移動需要ビッグデータでわかること~」

京阪電気鉄道 2007.11.6「京都市内の京阪線 3 駅の駅名を変更します」
京阪電気鉄道 2007.11.6「京都市内の鉄道ネットワーク強化に貢献します」
京阪電気鉄道 2017.2.13「大津線4駅の駅名を変更します。 」
近畿日本鉄道 2008.3.31「『近鉄難波駅』を『大阪難波駅』に、『上本町駅』を『大阪上本町駅』に駅名変更します。」
阪急電鉄 2013.4.30「~すべてのお客様に、よりわかりやすく~『西山天王山』駅開業にあわせて、『三宮』『服部』『中山』『松尾』4駅の駅名を変更し、全駅で駅ナンバリングを導入します」

デスクトップ鉄のデータルーム「駅名改称の研究」:http://www.desktoptetsu.com/ekimeikaisho.htm
関連キーワード取得ツール (Google サジェスト 検索順位を知るために使用):http://www.related-keywords.com/

快速特急「洛楽」写真 撮影:jr223 クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 4.0 国際ライセンスに基づく
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Keihan_3000_rapid_limited_express_RAKURAKU_owada.jpg?uselang=ja

(Webサイトはすべて2018年3月25日確認)

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てぃえくす (旧 夕霧もや)

ラッシュアワーの秩序ある混沌を観察する人。大きな都市の朝の風景はどこも滾ります。  旅で追いかけるのは「まち」の「一瞬」。通勤・通学で混み合う交通機関や、買い物客で賑わう商業施設。その「まち」でどのように機能しているのか観察するのが楽しいです。 あと、ご当地の甘いものに目がありません。名物も地元で愛されているものも、気になったら食べに行きます。