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通勤客に使われる地方鉄道-ことでんことこと・高松 第1回

 「地方の公共交通機関網が危ない」ということが長年言われています。その中でも話題になりやすいのが鉄道でしょう。最近ではJR北海道の経営危機に起因する廃線問題が広く知られましたし、他の各地でも私鉄や第三セクター鉄道に経営危機や廃線の噂が立つのはよくあることとなっています。
 さて、今回は経営危機から再建した鉄道として高松琴平電気鉄道・通称「ことでん」を取り上げてみたいと思います。今回は現況編ということで、朝ラッシュを中心にことでんの「いま」をお伝えしたいと思います。

 
高松中心部から連なるアーケード街、片原町で撮影したことでんの車両

高松中心部から連なるアーケード街、片原町にて(撮影・夕霧もや 2016年)

 

ことこと、「ことでん」。

 高松琴平電鉄、通称ことでんは、香川県高松市を地盤とし、琴平線・長尾線・志度線の3路線を有している地方私鉄です。
 3路線とも高松市の中心部を起点とし、郊外へと放射状に路線を延ばしています。通勤・通学を中心に1日あたり約6万人に利用されており、地域の動脈とも言える鉄道です。現在は、「コンパクト+ネットワーク」な都市構造を目指す高松市の政策において公共交通軸として位置づけられています。
 知名度を向上させるための取り組みにも力を入れています。イメージキャラクターであるイルカの「ことちゃん」はご存じの方もいらっしゃるかもしれません。近年は「駅のホームにあるビアガーデン」、「線路をあなたの家に引く」キャンペーンなどのユニークな策によりファンの増加を図っています。

 
高松市付近のことでん路線図 (OpenStreetMapを元に作成) © OpenStreetMap contributors

高松市付近のことでん路線図 。駅は一部を抜粋。(OpenStreetMapを元に作成) © OpenStreetMap contributors

 

慌ただしい朝ラッシュ

 まず、利用者が多く、鉄道が最も機能する朝の様子を見て行きましょう。ことでんの朝ラッシュでは、大都市の電車と遜色ないほどの風景が展開されます。まずは、写真をご覧下さい。 

 
  琴平線仏生山駅・電車の発車直前 (撮影:夕霧もや 2015年)

琴平線仏生山駅・電車の発車直前 (撮影:夕霧もや 2015年)

 

 一見、何気ない駅の風景に見えます。
 しかし、この写真は朝ラッシュの輸送が相当な規模で行われていることの、象徴的なシーンなのです。
 これは、始発列車があり拠点となる琴平線の仏生山駅で見られる、「始発電車待ち」の光景です。電車はちょうど出発するタイミングで、多くの利用者が最初の電車に乗らず、次の始発電車を待っているのです。大都市の通勤ラッシュではよく見られる光景ですが、「始発電車待ち」が生じるためには、

  1. 始発電車を待たないと座れないor快適に通勤ができないほどに電車が混む
  2. 次の電車を待てるほど、電車が頻繁に走っている

という2つの条件を満たす必要があります。
 実際に乗ってみたところ、混雑はつり革が一杯に埋まるほど(混雑率120%程度)になります。また、仏生山駅から高松市街側では1時間に8本が運転されており、「ほとんど待たずに来る」と感じられるほどの本数が走っています。
 ことでんは頻繁にやってくる電車がどれも混雑をしており、これは他の地方鉄道では中々見ることができない風景です。
 また、普段は2両編成が多く走る琴平線ですが、朝ラッシュの時間は2本を繋いだ4両編成が走ります。朝の旺盛な需要に対応するためで、最も混雑する8時~9時ごろに瓦町・高松築港へ到着する琴平線の列車は全て4両編成で運行されています。

 
朝の仏生山駅では電車の連結・切り離しがあり、駅員さんが総出で対応します(撮影:夕霧もや 2015年)

朝の仏生山駅では電車の連結・切り離しがあり、駅員さんが総出で対応します(撮影:夕霧もや 2015年)

 

 予算や車庫の都合で車両の保有数には限りがあるため、うまくやりくりする必要があります。そのため、仏生山駅では切り離し・連結が行われます。電車の本数も多いため迅速に作業する必要があり、多くの駅員さんが対応に当たります。
 仏生山駅では、朝ラッシュの「醍醐味」を凝縮したような風景を見ることが可能です。

ことでんの「都心部」

 さて、場所を移しましょう。ことでんで最も本数が多い区間(高松築港~瓦町) へは、朝のラッシュ時は1時間に13本もの列車が走っています。同区間は琴平線と長尾線の2路線が共用しているためで、地方都市としては相当に多い本数です。この高松築港~片原町~瓦町の区間が、ことでん各線における「都心部」になります。
 都心部の様子を紹介すると、起点の高松築港駅はJRの高松駅・再開発地区である「サンポート高松」の近くに位置します。片原町駅は商店街のアーケードに繋がっており、そのまま百貨店の三越や、「丸亀町商店街」などの商業的な中心地へとアクセスが可能です。瓦町駅はことでんの3路線、琴平線・長尾線・志度線が集まるターミナル駅で、駅ビルの「瓦町Flag」に直結しています。

 
ことでん3路線の集まるターミナル・瓦町駅 (2016年 夕霧もや撮影)

ことでん3路線の集まるターミナル・瓦町駅 (2016年 夕霧もや撮影)

 

 それでは、「都心部」の朝の風景を見てみましょう。

 
片原町駅。スーツ姿の通勤利用者の多さが目を引きます。(2016年 夕霧もや撮影)

片原町駅。スーツ姿の通勤利用者の多さが目を引きます。(2016年 夕霧もや撮影)

 
瓦町駅。通学者も通勤者も足早に改札へ。(2016年 夕霧もや撮影)

瓦町駅の琴平線ホーム。通学者も通勤者も足早に改札へ。(2016年 夕霧もや撮影)

 

 ……大都市顔負け、は少々言い過ぎかもしれませんが、実に多くの利用者がいることが分かるでしょう。1時間に13回、列車が着くたびにこうした光景が繰り広げられるのです。

なぜことでんは「通勤」利用者が多いのか?

 ことでんの特徴として、通勤利用者の多さが挙げられます。先ほどの写真でも、スーツを着た利用者が多く写っていました。一般に地方の鉄道は通学利用者が主体と言われるだけに、イメージが覆されます。その理由を探ってみましょう。
 1つめに、沿線の人口密度の高さです。実際に乗ってみれば分かりますが、古くからの鉄道路線ということもあって沿線は住宅地として発展しています。
 2011年にことでんが発表した資料では琴平線の一宮駅・長尾線の木太東口駅・志度線の八栗駅といった、都心部からおおむね15~20分程度のエリアまでは建物が連なる市街地とされています。そして、この区間においては沿線の人口密度が高く、利用のベースになっているようです。

 
ことでん沿線の人口密度。2010年国勢調査 小地域集計を基に鳴海行人作成

ことでん沿線の人口密度。国勢調査 小地域集計(2010年)を基に鳴海行人作成

 

 2つめに、都心部における利便性の高さを挙げることができます。ことでんは都心部に3駅を有しており、郊外から来た利用者は自分の目的地に近い駅で乗り降りができます。これは、都心と郊外を結ぶ鉄道路線とまちなかを走る路面電車が直通運転を行っているのに近い状況です。
 そして、3駅によってカバーされている高松の都心部では多くの人が働いています。
 下の図は、高松市都心部における「従業者数における1㎢あたりの密度」を、小地域(町字)ごとに表したものです。

 
2012年経済センサス活動調査 町丁・大字別集計 を基に鳴海行人作成

経済センサス活動調査 町丁・大字別集計(2012年) を基に鳴海行人作成

 

 高松市の都心部は従業者密度が極めて高くなっていることが分かります。特に、高松駅を起点として南へ伸びる「中央通り」に国や自治体の役所、金融機関といった勤め先が集中していることが特徴的です。中央通りとことでんは500m程度離れて並行していますが、駅も3つ存在していることで多くの場所で駅からの徒歩アクセスが容易になっています。
 このように、就業者人口が多い都心部に対してある程度の利便性を確保できていることが、通勤に利用されている一因であると考えられます。

 
中央通りの風景。オフィスビルや官庁が立ち並ぶ。(2016年 夕霧もや撮影)

中央通りの風景。オフィスビルや官庁が立ち並ぶ。(2016年 夕霧もや撮影)

 

 3つめに、朝・夕の渋滞の激しさです。実のところ、高松市で通勤において使われているのは圧倒的に自動車です。高松市の「総合都市交通計画」によれば、通勤における車の利用率は約60%である一方で、鉄道の利用率は約10%となっており、大きな開きがあります。香川県は道路整備事情がいい県と言われることが多く、その影響が如実に表れているようです。
 それだけ車の利用率が高いために、朝・夕には渋滞が発生します。香川県渋滞協議会の調査では、最も主要な道路である国道11号線・都心部においては慢性的に渋滞が発生して平均旅行速度が10km/h程度になってしまっています。
 国道11号線は琴平線と並行している区間も多く、所要時間と確実性を理由に鉄道を利用する人が多いと考えられます。実際、2011年にことでんが利用者に対して行ったアンケートによれば、平日利用者は「時間の確実さ」に対して約70%が「満足/やや満足」、所要時間に対しては約50%が「満足/やや満足」としています。
 他の路線と並行する道路においても渋滞は発生しており、通勤に際してことでんが選ばれている理由はこのあたりにあるようです。

 ここまで通勤利用の多さについて分析してきました。最後に、高松市内のことでん沿線における「通勤時(自宅外就業)における鉄道利用率」を見てみましょう。

 
ことでん沿線の通勤時における電車利用率

総務省国勢調査 小地域集計(2010年)を基に鳴海行人作成

 

 国勢調査で高松市全体における「通勤時(自宅外就業)における鉄道利用率」は6.7%ですが、ことでん沿線ではそれよりも高い値を示している地域が多くなっています。
 「ことでん」の朝ラッシュは見ていても実際によく使われていると感じられる一方で、統計上では通勤時における鉄道利用率は高松市全体でも10%未満、高いところでも20%未満に留まっています。
 こうした体感と統計の齟齬は、地方の交通を考える上では一つのポイントなのかな、と個人的には思ったりもします。
 とはいえ、ことでんが地域になくてはならない交通機関であるということは感じていただけたと思います。さて、実はことでんはずっと今のような姿を保ってきたわけではありません。一度廃線の危機を経験しており、様々な取り組みを行ったことでなんとか状況を好転させて今に至っています。
 そこで、次回は廃線の危機を乗り越えるために行った数々の取り組みを中心に、地方鉄道を考える上での材料をお伝えしたいと思います。

関連記事

[参考文献]

・高松琴平電気鉄道 Webページ http://www.kotoden.co.jp/
・高松琴平電気鉄道 2011「ことでん沿線地域公共交通総合連携計画(案) パブリックコメント」
http://www.kotoden.co.jp/publichtm/public_comment/publiccomment.htm
・高松市2010「高松市総合都市交通計画」
https://www.city.takamatsu.kagawa.jp/file/13513_L20_sougoutoshikoutsuu01.pdf
・高松市 2013「ことでん新駅の設置」
https://www.city.takamatsu.kagawa.jp/file/20421_L22_shiryou1.pdf
・高松市 2015「高松市地域公共交通網形成計画」
https://www.city.takamatsu.kagawa.jp/file/24470_L22_04chiikikoukyoukoutsuumou.pdf
・香川河川国道事務所 2016「香川県渋滞対策協議会 説明資料」
http://www.skr.mlit.go.jp/kagawa/road/suisui/shiryou/160725shiryou.pdf

Webページは2017年2月3日閲覧

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てぃえくす (旧 夕霧もや)

ラッシュアワーの秩序ある混沌を観察する人。大きな都市の朝の風景はどこも滾ります。  旅で追いかけるのは「まち」の「一瞬」。通勤・通学で混み合う交通機関や、買い物客で賑わう商業施設。その「まち」でどのように機能しているのか観察するのが楽しいです。 あと、ご当地の甘いものに目がありません。名物も地元で愛されているものも、気になったら食べに行きます。