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「経営破綻」を乗り越えて-ことでんことこと・高松 第2回

 ことでんと高松を追いかける記事の第2回です。
 前回はことでんの「今をみる」ということで、朝ラッシュの様子をお伝えしました。今回は、ことでんが経験した経営破綻から経営再建にかけての話と、経営再建後の様々な取り組みを紹介していきます。

 
高松市付近のことでん路線図 (OpenStreetMapを元に作成)

高松市付近のことでん路線図 (OpenStreetMapを元に作成) © OpenStreetMap contributors

高松琴平電鉄の破綻

 まずは経営破綻までの経緯を振り返ってみましょう。
 高松琴平電鉄(コトデン)が破綻した直接のきっかけは、鉄道業ではなく副業の百貨店経営にありました。
 コトデンは1997年にターミナルの瓦町駅に再開発ビルを建設し、その中のキーテナントとして百貨店「コトデンそごう」を出店していました。運営はコトデン単体ではなく、百貨店の「そごう」グループとの合弁子会社です。

 
前回に引き続き登場の瓦町駅。ビルにはもともと「コトデンそごう」が入っていました。

前回に引き続き登場の瓦町駅。ビルにはもともと「コトデンそごう」が入っていました(撮影:夕霧もや・2016年)

 

 「そごう」は2000年に巨額の負債を抱えて経営破綻しました。これに連鎖する形で2001年に「コトデンそごう」も経営破綻します。そして、2001年に債務保証を行っていたコトデン本体も連鎖的に経営破綻を引き起こし、自主再建を模索したのち断念、民事再生法の申請に至りました。
 この破綻は副業に起因したもので、本業である鉄道の利用者は充分多いにもかかわらず、会社全体が存続の危機に陥ることとなりました。その原因となったのは、当時のコトデンの「イメージの悪さ」でした。
 具体的には、以前から職員の態度の悪さや電車や設備の汚さといったサービス面への印象は悪く、経営陣が出した甘い自主再建策がイメージの悪化に拍車をかけました。その結果、「電車は残したいが、コトデンはいらない」と言われる状況になっていたそうです。
 2001年当時、経営破綻した地方鉄道は廃線になるか、公的資金を導入して「第3セクター」として再生するのが一般的でした。しかしコトデンはどちらの道もとらず、経営体制を一新したうえで経営再建を行うことになりました。沿線の市町村が鉄道を必要と考えて行政支援を決定し、香川県が「抜本的な経営改革を伴う民間による再生が必要」という見解を示したことから行われた決定です。これは、経営破綻後に民間によって地方鉄道の再生が行われた初の事例となっています。
 この時ことでんの新社長に就任したのが、再生のキーパーソンとなった真鍋康彦氏です。同氏はことでん社長就任以前、香川日産自動車の社長を勤めていました。
 再生にあたり、まず手を付けたのが新経営ビジョンの策定です。「ことでん100(イチマルマル)」計画」と銘打ち、社員の意識変革やITによる業務効率化、駅舎や車両のリニューアル、地域との連携など多くの具体的な行動計画を打ち出しました。
 また、ダイヤの変更すら会社側では決められないほどに強すぎた組合との労働協約の変更を行い、社内の体制を整えています。組合との協約は相当に強かったようで、例えば、長尾線と志度線のダイヤ改正は1970年から1996年までの26年間も行われていませんでした。
 並行して、真鍋氏は自身の人脈を活かして、冷凍うどんで有名な「加ト吉」やデベロッパー「穴吹工務店」などの地元有力企業・経済界から出資を引き出すことに成功しました。この支援体制を背景とし、債権者であった金融機関がコトデンの債務390億円のうち225億円の債務放棄免除を決定しました。こうしてようやく「ことでん100計画」を元に再生を進めていくことができるようになりました。

「ことでん」の再生

 そして、ことでんの本格的な経営再生が始まります。まず力を入れたのは、サービスを向上するための「利用者の声を吸い上げる仕組み作り」でした。
 利用者から駅の意見箱やメールで寄せられた意見をデータベース化して社内で共有、かつ全てを公表・回答するようにしたのです。そして、この声を元に駅などのリニューアル、冷房車両の導入や新駅開業・ダイヤ改正などを行い、サービスの向上を図りました。

 
2016年現在でも意見の貼り出し・回答は続いています

2016年現在でも意見の貼り出し・回答は続いています(撮影:夕霧もや・2016年)

 

 並行して、新しい「シンボル」を導入しました。それがイルカの「ことちゃん」です。一見普通のキャラクターですが、「イルカ」を選んだのには「ことでんは要るか、要らないか」という意味合いが込められていました。

 
「ことみちゃん(妻)」「ことのちゃん(子)」「ことちゃん(夫)」 の3人家族

左から「ことみちゃん(妻)」「ことのちゃん(子)」「ことちゃん(夫)」 の3人家族(撮影:夕霧もや・2016年)

 

 地道な再生策を続ける中で、少しずつ利用者からのイメージは向上し、利用者の減少にも歯止めがかかっていきました。
 そして、2005年に「切り札」として導入したのがICカード、「Iruca」です。今でこそSuicaなどの交通系ICカードは全国に広まっていますが、当時としては画期的な取り組みでした。
 「Iruca」を使うと運賃が割引されることもあって利用者からの支持を集め、利用率は約8割に達しています。高松築港・片原町・瓦町の3駅の改札はではほとんどのスペースをIruca専用改札機が占め、多くの利用者がタッチして通り抜けていく様子を見ることができます。

 
瓦町駅の改札口。ほとんどがIruca専用自動改札機です。

瓦町駅の改札口。ほとんどがIruca専用改札機です(撮影:夕霧もや・2016年)

 

 また、現在では高松市内の商店街やコンビニでも使用可能となっており、地域内では大都市圏のICカードに勝るとも劣らない便利な1枚となりました。

 このように、経営再建以後のことでんは着々とサービスの向上を図ってきました。経営破綻は地域にとって大きな問題であり、債務の帳消しや自治体の財政負担など、社会的にも大きな影響をもたらしました。一方で、ことでんが変化するための「きっかけ」を生んだとも言えそうです。

「連携」を重視した新駅

 経営再建以後の大きな施策として、「バスや商業施設との連携」・「新駅の設置」が挙げられます。利便性の向上を図ったこれらの施策、実際の様子を見てみましょう。
 まず、バスとの連携についてです。いくつかの駅で、電車とバスの接続によるネットワークが構築されています。「太田駅」では、15分間隔で走る電車に対し、支線として接続するバスが30分間隔に走っています。また、前回紹介した仏生山駅でも「香川町シャトルバス」との連絡が行われています。

 
太田駅。駅前は狭いが、バスと電車の乗り継ぎは簡単。

太田駅。駅前は狭いが、バスと電車の乗り継ぎは簡単(撮影:夕霧もや・2016年)

 

 さらに、ICカード「Iruca」を利用して電車とバスを乗り継いだ場合、合計額から100円の値引きがなされます。郊外だけではなく、都心部で駅から離れた場所に移動する際にも気軽にバスに乗り継げるため、旅行者の自分も便利だと感じました。
 次に、新駅についてです。経営再建後には3駅が誕生し、うち2つはショッピングセンターの至近におかれました。
 2002年には長尾線に「学園通り駅」が、2013年には琴平線で「綾川駅」が新設されました。特に綾川駅は「イオンモール綾川」の目の前に位置しています。夜に訪れたのですが、モールを利用する若い利用者がことでんに乗っていく姿も散見され、アクセス交通としてことでんが機能している様でした。
 イオンモールでの映画鑑賞者向けに「ことでんシネマチケット」という割引きっぷも発行しており、事業者間のソフトな連携も行われています。

 
綾川駅はイオンモール・行政と連携してできた新駅。

綾川駅はイオンモール・行政と連携してできた新駅(撮影:夕霧もや・2016年)

 

 また、先にあげた2駅とも小規模ながらバスターミナルが設置されており、本数は多くないものの自治体のコミュニティバスや路線バスが乗り入れています。
 現在も、さらなる新駅の設置が検討されています。いずれも幹線道路との交差点で、バスとの強化をさらに強めていくことを模索しているようです。これは、「多核連携型コンパクト・エコシティ」の推進を表明している高松市の公共交通再編案とも連動しており、ことでんに対する強い政策的な後押しが感じられます。

ビールから帰りの足まで

 ここまで、通勤通学という「朝」、バスや商業施設との連携が重要な「昼」の時間帯を取り上げてきました。最後に「夜」の様子を見てみましょう。
 公共交通が活躍するタイミングとして、前回取り上げた通勤通学のほかに「飲み会の帰り」が挙げられます。お酒を飲んだ状況では車を運転できないため、家に帰るためには運転代行を頼む、家から迎えに来てもらう、そして公共交通を利用するといった手段が用いられるのです。
 ことでんはこの需要に応えるため、金曜日の夜に「午前0時便」を設定しています。(普段の終電は23:30ごろ) 高松築港駅始発で琴平線を走らせ、瓦町駅で長尾線・志度線に接続しており、3路線全てで利用が可能です。

 
2010年から「金曜日の0時便」が試行され、2014年から本格運行に至りました

2010年から試行され、2014年から本格運行に至りました(撮影:夕霧もや・2016年)

 

 私も実際に「午前0時便」に乗車してみました。この取り組みも7年目ということで、すっかり定着したのか、よく利用されています。瓦町駅を出る段階で2両編成の座席が埋まり、立っている乗客もいました。
 勤め人だけでなく若者の姿も目立ち、「夜のまち」を支える交通機関として機能している様子が感じられます。コンコースでは最終電車を呼びかける駅員さんの姿もあり、大都市と似たような風景が繰り広げられています。

 
瓦町駅にて、琴平線の「午前0時便」の発車を見送ります

瓦町駅にて、琴平線の「午前0時便」の発車を見送ります(撮影:夕霧もや・2016年)

 

 「飲む」といえば、ことでんの高松築港駅では、ホームの上で「ビアパブ」が営業しています。つまり、ホームの上で、電車の目の前でビールが飲めます。

 
電車が来るまでちょっと一杯。ツマミは香川らしく、スパイスの効いた鶏です

電車が来るまでちょっと一杯。ツマミは香川らしく、スパイスの効いた鶏です(撮影:夕霧もや・2016年)

 

 高松築港駅のビアハブは21時には閉店してしまいますが、金曜日であればそのあと二次会、そしてシメのうどんと洒落こんでも悠々と家に帰れます。

 飲み会の場所から帰りの電車まで、ことでんは実にスキがありません。

おわりに

 ことでんの経営再建に伴う様々な取り組みを紹介してきました。地方鉄道における一つの施策例として、参考にはなるかと思います。しかしながら、これらの取り組みを他の鉄道でも行えば絶対に成功する、といったことはありません。例えば、ことでんの場合は利用者・沿線人口はもともと多く、いかにしてサービス水準を上げて利用してもらうか、ということが問題の中心でした。それぞれの地域に違う課題があり、それぞれの対応を考えないといけないのです。
 ことでんは日常の風景も、様々な利用促進策も、ファン向けのサービスも魅力的な鉄道会社です。まちのことや地域の鉄道について考えてみたい方は、是非一度、高松を訪れてみてください。

 ことでんに乗りつつ、うどんや駅のホームでのビールを楽しむのもいいかもしれませんね。

関連記事

[参考文献]
  • 浅見 均・小美野 智紀 2015「高松都市圏における地方鉄道経営再建に関する事例研究」『地域学研究』 45(2)
  • 「ラッシュ時運行増強、琴電、25日にダイヤ改正。」『日本経済新聞』  1996.08.10地方経済面 四国
  • 「沿線1市8町、琴電支援で一致、香川知事に共同歩調要請。」『日本経済新聞』  2002.01.26地方経済面 四国
  • 「香川日産自動車社長真鍋康彦氏――琴電再建の道筋(アングルこの人に聞く)」『日本経済新聞』  2002.05.28地方経済面 四国
  • 「再生琴電の行方 動き出す真鍋体制(上)競争原理、社内に徹底。」『日本経済新聞』  2002.08.08地方経済面 四国
  • 高松琴平電気鉄道 Webページ
  • http://www.kotoden.co.jp/
  • 広報誌「みんてつ」 vol.32 日本民営鉄道協会
  • http://www.mintetsu.or.jp/association/mintetsu/pdf/32_p01_32.pdf
  • 広報誌「みんてつ」 vol.59日本民営鉄道協会
  • http://www.mintetsu.or.jp/association/mintetsu/pdf/59_p01_32.pdf

ほか、日本経済新聞地方経済面などを中心に参照。Webは2017年2月15日閲覧

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てぃえくす (旧 夕霧もや)

ラッシュアワーの秩序ある混沌を観察する人。大きな都市の朝の風景はどこも滾ります。  旅で追いかけるのは「まち」の「一瞬」。通勤・通学で混み合う交通機関や、買い物客で賑わう商業施設。その「まち」でどのように機能しているのか観察するのが楽しいです。 あと、ご当地の甘いものに目がありません。名物も地元で愛されているものも、気になったら食べに行きます。