【商業】宮崎資本の百貨店、ジャスコの軍門に下る。「ボンベルタ」:第3回-ボンベルタ橘
宮崎の地場百貨店だった「橘百貨店」。攻めの経営のあまりに資金繰りが悪くなり、倒産してしまいます。そこに救いの手を差し伸べたのはジャスコでした。百貨店が倒産し、量販店を経て、再び百貨店へ。ボンベルタ橘がたどった波乱万丈な歴史を追います。
宮崎の地場百貨店だった「橘百貨店」。攻めの経営のあまりに資金繰りが悪くなり、倒産してしまいます。そこに救いの手を差し伸べたのはジャスコでした。百貨店が倒産し、量販店を経て、再び百貨店へ。ボンベルタ橘がたどった波乱万丈な歴史を追います。
東京郊外の府中市。府中駅の南口にはこの20年で大規模な再開発ビルが3棟相次いで建てられ、それぞれの完成時期の違いもあって、さながら「再開発ビルの見本市」といった様相を呈しています。今回はそんな現在の府中駅南口がどのようにして形作られたのか、その歴史と経緯を追いかけます。
沖縄県那覇市の目抜き通り「国際通り」。この通りに関わる様々な事柄からは那覇のまちが持つ様々な特徴が見えてきます。今回は「国際通り」前史として前身の「新県道」開通と周辺のまちの歴史を追います。
交通網の変化や昭和の大合併で中心市街地不在となった埼玉県入間市。1990年代に中心市街地創出と福祉を志向した再開発を行います。しかし、理想と現実には大きなギャップがありました。今回は現在の姿を起点にそれまでの再開発の経緯を追います。
「サザン」「湘南」「海岸線」のイメージが強い神奈川県茅ヶ崎市。しかし茅ヶ崎はそれだけではありません。神奈川の一都市として、様々な市民の暮らしがあり、その表情があります。今回はその中でも、市の玄関口である「茅ヶ崎駅」北口の商業の様子を紹介して、茅ヶ崎のもう一つの「メイン」たるその表情を取り上げます。
高崎線でも主要駅である上尾駅。上尾市の玄関口として機能する上尾駅前では、高度経済成長期に駅の東西で相次いで再開発事業が実施されました。とくに東口は、上尾市初の百貨店を誘致しようという目標のもと、計画が進められます。そこで出店してきたのはジャスコ、百貨店事業は行っていなかったジャスコが上尾市のために作ったのは、「ジュニアデパート」でした。今回は上尾駅東口の再開発事業と、そこで核テナントの変遷と現在について取り上げます、
静岡県浜松市に存在した百貨店「松菱」。1937年の創業以来、浜松で歴史のある百貨店として長らく営業してきたお店ですが、「松菱」は2001年に自己破産して、店舗は閉鎖に。そして、浜松市街地の一等地には市民の衝撃と喪失感とともに巨大な空きビルが残されました。 今回は「松菱」跡地の利用をめぐる苦難の歴史について取り上げます。