前回の記事で、愛知県常滑市の伝統的産業であるやきもの産業と、それにかかわる地域の取り組みについてご紹介しました。しかし現在の愛知県常滑市を語るうえで外せないものがもう一つあります。それは常滑市沖の人工島に2005年に開業した「中部国際空港」です。
今回は中部国際空港が開港するまでの経緯、そして空港の開港により変貌した常滑市の臨海部「りんくう地区」についてご紹介したいと思います。
どうして空港は常滑に?
国際空港の構想は1970年に遡ります。この年、中部経済連合会が発表した「伊勢湾総合開発の願望」のなかで、愛知県幡豆郡吉良吉田沖の三河湾に国際貨物空港の建設が提唱されました。これが中部国際空港の構想のはじまりとされています。その後しばらくは、計画が具体的な進展を見ることはなかったのですが、1982年7月に、再び中部経済連合会が発表した「中部の二十一世紀ビジョン」で、推進すべきプロジェクトの一つとして「中部新国際空港」が取り上げられました。このビジョンでは、21世紀初めの空港輸送需要を試算したところ、現在の名古屋空港を隣接地買収によって拡張したとしても、1990~1995年ごろには、増大する航空輸送需要に対応できなくなるという結果から、建設の必要性が再度訴えられています。
1983年には当時の運輸相が建設の可能性について言及したこともあり、このころから地元財界や愛知県、名古屋市などによる要望活動が活性化していきます。1986年度には、陸上・海上あわせて7か所が建設候補地として選定され、その後騒音問題などを理由として、「伊勢湾総合開発の願望」でも言及された三河湾の幡豆沖のほかに、伊勢湾北部(木曽川河口付近・鍋田沖)、伊勢湾西部(鈴鹿沖)伊勢湾東部(常滑沖)の4か所に絞って検討が進められました。
地元では愛知、岐阜、三重の三県ほぼ中央に位置する伊勢湾北部(木曽川河口付近・鍋田沖)が有力視されていました。しかし1988年の調査報告で、鍋田沖は、アクセスは良好なものの、名古屋港の航路を阻害してしまうことや、木曽川が洪水となった場合に河口から水が逆流して堤防を壊す可能性が高いこと、騒音問題などが課題とされました。その一方で、建設費や環境面から常滑沖を最有力とすると結論付けられ、この結果に各県の足並みが乱れつつも、最終的には常滑沖へと建設候補地が一本化されました。
1990年には航空審議会の「六次空整中間報告」において、「名古屋圏の国際空港の新設に関して総合的な調査を進める」と位置づけられ、ついに地元での構想が国の計画として動き出すこととなります。その後1995年の「第七次空港整備五カ年計画」(七次空整)中間報告に「着工空港」として盛り込まれ、正式に常滑沖への空港建設が決定しました。
前島計画のはじまり
建設地が常滑沖に決定し、計画も具体化してきたことで、地元の常滑市でも動きが慌ただしくなっていきます。人口減少と高齢化に悩んでいた常滑市の動きは早く、国土利用法にもとづく国土利用計画を1991年に愛知県内の市ではじめて策定します。この計画の中で登場したのが、空港島対岸を埋め立てた空港関連開発用地(前島)(現在の常滑市りんくう町地区)の整備でした。
1992年には常滑商工会議所が前島に関する協議会を設立し、土地利用の在り方について研究を開始したほか、銀行や経済界など、多方面から前島に対するプロジェクト構想が持ち上がることとなります。
その中でもとりわけ出色だったのが、1997年に第一勧業銀行(現:みずほ銀行)系の企業でつくる「東海圏開発プロジェクト分科会」がまとめた開発構想です。東海道沿いに発展した宿場町を現代風に再現することを狙い、問屋や市場に当たるビジネス地区、芝居小屋や茶屋に当たるアミューズメント地区、旅籠にあたるホテル地区などで構成するといったものでした。この構想では同時にカジノなどの娯楽施設や常滑焼の伝統を生かした交流村なども提案されています。
また1998年に丸紅をはじめとした芙蓉グループの企業を中心に構成された「中部新空港都市研究会」が提言した構想も独創的でした。この構想では前島を「ハリウッド・ムービー・シティ」として総合開発し、ハリウッドの映画会社などと協力して運営する映画関連のテーマパークを中心に据えた上で、周辺にホテルや商業関連施設、オフィスビルを設けるという計画になっており、年間650万人の来訪を見込むものでした。
しかし事業は思わぬ困難に直面することとなります。1999年10月に前島開発の事業主体であった愛知県企業庁の課長が、前島の開発計画の調査・立案などを孫請けで請け負っていた業者からわいろを受け取っていたということが発覚したのです。同時期に環境庁(当時)より、同事業は環境への影響が大きいと計画に難色を示されたこともあり、県議などから計画の規模や、計画そのものを疑問視する声が強まり、開発計画は大きく足踏みすることとなります。
2001年には、愛知県企業庁、常滑市、常滑商工会議所や有権者などで構成する常滑臨海部都市計画検討委員会が開発方針案を発表します。この案は2000年に常滑市が示していた、運河を地区に張り巡らせた「キャナルシティ」構想を深化させたものでした。名鉄空港線の前島駅(現在のりんくう常滑駅)前に親水広場を設け、その対岸に大規模商業施設や専門店、宿泊施設、文化・リクリエーション施設を配置し、その奥にビジネス地区や空港系の施設の集積を想定した物流地区、研究・生産地区などを配置する計画でした。この「キャナルシティ」は実現することはありませんでしたが、街路の構成はこの時の計画がおおむね踏襲されて完成しています。
全国的なカジノ解禁の議論が盛んになった2002年ごろには、カジノ構想が再燃したり、そのほか世界中の自動車や次世代移動システムが体験できる「モビリティパーク」構想が持ち上がったりもしましたが、いずれも実現しませんでした。
2002年6月には前島地区の新町名が「りんくう町」と公募によって決定し、2003年より土地の分譲をスタートさせました。しかし企業の誘致に苦戦することになります。2004年12月にようやくホテルが進出することが決まりましたが、その後も企業立地はなかなか進まないままでした。対して空港島の分譲は好調で、空港から見て橋の向こう側であるという前島の立地に対するデメリットと、その割には高い土地の価格が大きな足かせとなりました。
地区の将来を握る大規模商業施設
2005年に入り、中部国際空港が開港して、対岸のりんくう町では、エリアの核となる大規模商業施設の運営主体の公募がスタートします。りんくう町の分譲は芳しくありませんでしたが、空港は開港後の利用状況が好調であることもあり、企業誘致の呼び水にする狙いがありました。
施設のイメージとしては、アウトレットモールや専門店街、シネマコンプレックス、海鮮市場と言ったエンターテイメント施設を組み合わせた複合型を想定していました。地元の人口の少なさがネックになると不安視されての公募でしたが、この公募にはイオンやパルコ他2社の応募がありました。最終的にイオンに事業者が決定し、2008年の開業を目指して建設が進められることになります。ところがイオンは開業予定を延期し続け、結局2011年に「2014年」開業の方針が示されました。当時は、関係者で不安の声も挙がっていたようです。それでも開業の方針が示されると、イオンが開業する見通しがたったことによる安心感からか、企業立地がこのころから進むようになっていきました。2012年頃からかねふくの「めんたいパーク常滑」や企業研究所、名古屋トヨペットによるマリーナ、中部地方初となるコストコなどが相次いで完成しました。
その後2015年12月にようやく「イオンモール常滑」が開業を迎えます。イオンモールとして中部地区最大の敷地面積を誇るとともに、サーキットコースや温泉施設、アスレチックなどを備えた屋外体験型エンターテイメントパーク「ワンダーフォレストきゅりお」を併設したことが最大の特徴となっています。
訪日外国人対応も強化しており、中部国際空港から無料のシャトルバスを開設したり、和テイストの「常滑のれん街」を設置したりしています。類似の取り組みはいくつかのイオンモール他店舗で行われてきたことではありますが、奇しくもこのりんくう町で構想されは消えてきた「エンターテイメント施設」や「外国人を取り込める施設」の構想を引き継ぐような形となりました。
開業以後、イオンモール常滑では土休日の広域集客が好調である一方、平日の利用客の伸び悩みが課題となりました。加えて以前よりシネマコンプレックスの要望もあったことから、2016年10月に建設を決定、2017年7月にイオンシネマ常滑として開業しています。
「りんくう」と「散歩道」の二面性
前島計画では、多くの壮大な計画が立てられては消え、アウトレットモールやカジノこそ実現しませんでしたが、前島計画が帯びていた「エンターテイメント性」と「リゾート性」は現在のイオンモールや、隣接するりんくうビーチに引き継がれているように思います。
イオンモール常滑では先述した「常滑のれん街」に設置されている巨大招き猫や陶器のショップという形で「陶器のまち」常滑がアピールされています。しかし、あくまでも既存市街地ややきもの散歩道エリアとの連携は行われず、既存市街地とりんくう町地区と分けて考えられているという現状があります。双方の連携による訪日外国人のさらなる呼び込みの道もあるかと思いますが、静かで落ち着いた、歴史のある地場産業の観光地としての常滑、派手で大規模な施設による新興リゾート観光地としての常滑の2面が別々に存立し、どちらも楽しめるというのが、常滑の現在の魅力ではないかとも思います。
それでも、散歩道の特性上、大々的な宣伝もやりづらいという中では、イオンモールやコストコといった「集客施設」を得たことは、散歩道にとっては意味のあることのように思います。現時点ではイオンモールによる誘客ははっきりとみられないようですが、今後イオンモールまで来た訪日外国人が、自ら調べて、「発見」し、自ら足を運ぶ、という動きが起きるようになると、さらに常滑がさらに面白くなっていくのではないでしょうか。
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参考文献
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中部臨空都市HP:http://c-rinku.jp/(2017年8月15日最終閲覧)
イオンモール常滑HP:http://tokoname-aeonmall.com/(2017年8月15日最終閲覧)
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中部財界社(2002)「中部ビッグプロジェクト 中部国際空港–2005年への布石 伊勢湾新拠点『中部臨空都市』の実像 」,『中部財界』45(8),p.22-24.
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日本経済新聞朝刊「大型ショッピングセンター、イオン7施設、凍結・延期、拡大路線転換。」2009/02/19付
日本経済新聞地方経済面中部「イオン常滑、開業を延期、雇用・税収に打撃、愛知県「早期開業を願う」。」2009/02/20付
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日本経済新聞地方経済面中部「愛知県企業庁、中部臨空都市の商業施設を公募。」2012/03/27付
日本経済新聞地方経済面中部「中部臨空都市、企業立地進む、コストコ、中部初出店――地元、雇用創出など期待。」2012/07/24付
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日本経済新聞地方経済面中部「イオンモール常滑、シネコンの建設検討、来年にも、平日の集客力を高める。」2016/06/02付
渦森 うずめ
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