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事業者と地域住民、相反する思いを乗り越える「住民主体のバスづくり」の動き

バスをめぐって生まれる2つの動き

 公共交通を代表して「電車・バス」というくくりがよくなされます。バスは電車と共に認知度が高い交通機関と思われているわけです。
 一方で、バス業界を取り巻く環境は近年激変しています。事業者が事業縮小を余儀なくされる傍ら、地域の住民からは輸送網拡充の要求が強くなっています。
 今回は認知度と裏腹に厳しい環境にあるバス業界の実情と、これからの新しいバスの姿を考えてみたいと思います。

 
横浜市内にて。バスの新設を訴える横断幕。(撮影:鳴海行人・2016年)

横浜市内にて。バスの新設を訴える横断幕(撮影:鳴海行人・2016年)

戦後のバス業界の動き

 戦後のバス業界は高度経済成長期まで概ね好況を呈していました。1968年に輸送のピークを迎えるのですが、そのころまでは車掌が添乗して集金を行っていたといいます。しかしその後、いくつもの大きなピンチを迎えることになります。
 まず業界を襲ったのが、オイルショックと急速なモータリゼーションです。燃料費高騰とモータリゼーションによる経費増と乗客減は経営上の打撃となり、道路の横溢による所要時間増大などを理由として、バスへの嫌気が見られるようになりました。
 モータリゼーションに加えて、一部地方では人口減と国鉄改革による列車の増発が影響しました。例えば長野―上田間・仙台―塩釜間・高崎―前橋間といった区間では最低10分毎、時にはより高頻度にバスが運行されていましたが、国鉄の普通電車増発により見る影もないほど本数が減っていき、場所によっては廃止になってしまいました。
 こうした逆境に対応するため、バス業界はさまざまな工夫を始めます。まずは車掌の添乗をやめ、ワンマンバスを導入しました。現在ではほとんどのバスがワンマンで運行されていますが、導入当初は運転士の負担の増大に対する抵抗も大きく、大変だったようです。また、地域ごとに分社化を行い、人件費の圧縮を図ります。分社化は後述する規制緩和後にもさらに進みました。

 
神奈川中央交通はワンマン化を業界に先駆けて行った会社として知られる。(撮影:鳴海行人・2014年)

神奈川中央交通はワンマン化を業界に先駆けて行った会社として知られる(撮影:鳴海行人・2014年)

 

 また、終電後の移動ニーズを拾う「深夜急行バス」も都市部のバス事業者で運行されるようになりました。
 しかし、こうした様々な取組みにも関わらず輸送人員減の流れは続いていきました。そして、2002年に行われた需給調整廃止……いわゆる規制緩和により業界に新しい動きが生まれることになります。
 1つは、路線の再編が行いやすくなったことです。これにより、バス会社は不採算路線の整理が行いやすくなり、さらなる構造改革を推し進めました。
 もう1つは、観光バスの法律によって運営される、いわゆる「高速ツアーバス」の参入です。2006年以降には、国土交通省が高速ツアーバスを認めたことやインターネットの普及が追い風となりました。こちらはバス業界にさらなる打撃を与え、特に大都市間高速バス事業が大きく影響を受けました。このとき、人件費が高い都市部のバス事業者の一部は都市間高速バス事業から撤退を余儀なくされています。
 バス業界の構造改革は経営的には功を奏しました。しかし、結果として運転士という職に対し人件費が上がらない、過重労働というイメージがつくようになり、高齢化と人手不足に陥りました。そのため、現在は新しい取組みも行いにくくなっています。
 ここまでざっくりとバス業界の歴史を取り上げてきました。より詳しく知りたい方には鈴木文彦さんの日本のバス―100余年のあゆみとこれから」(成美堂出版,2013年発刊)をお薦めします。バス業界の入門書として最適の1冊です。

地域住民の要望

 さて、近年、少子高齢化が加速しています。そこで要望されるようになってきたのが、「地域の移動手段の確保」です。運転免許は持っているが高齢となり自動車が運転できなくなった人や、足腰の衰えにより行動範囲が狭まる人が増えてきたことに起因します。
 しかし、バス業界の構造改革による路線再編や道が狭いといった道路事情の理由などから、バス路線がなくタクシーしか使えない地域も少なくありません。また、タクシーすら使えない「買い物難民」の人もいると言われ、状況は「深刻」ともいえます。
 こうした社会構造の変化に伴うニーズの変化から、バスは再び脚光を浴びるようになりました。需給調整の廃止により路線を新規に開設しやすくなったこと、小型バスの活用によるこまめなルート設定が可能になったことも、バスが再び注目されることになった理由です。こうして、「コミュニティバス」と呼ばれるバスが行政主導により各地で走るようになりました。
 コミュニティバスは武蔵野市で運行が始まった「ムーバス」がきっかけで全国に広まりました。「ムーバス」は今までバスが走らなかったような住宅地の生活道路を走り、こまめに停車します。住宅地の一見路地に見える道路に置かれたバス停からたくさんの人が乗ってくる光景は話題となり、当時は多くのメディアで取り上げられました。

 
武蔵野市が始めたコミュニティバス「ムーバス」は全国のモデルとなった(出典:wikimedia 撮影: ITA-ATU・2013年 / CC BY-SA 3.0)

武蔵野市が始めたコミュニティバス「ムーバス」は全国のモデルとなった(出典:wikimedia 撮影: ITA-ATU・2013年 / CC BY-SA 3.0)

 

 武蔵野市のモデルを真似た形で、公が手厚く補助を行い、くまなく地域を回るコミュニティバスが全国で運行されはじめました。一方、事業者の中にはその補助金を目当てとして、コミュニティバスにあとを譲って従来の路線バスを廃止するという例も出てきました。
 しかし、コミュニティバスは決してうまくいく地域ばかりではなく、利用者がおらず費用ばかりがかさむバスは問題視されるようになっています。また、少子高齢化とバス業界の構造改革により、地域の細やかな交通手段のニーズはますます高まっていると言えるでしょう。
 こうした動きと流れ、そして問題点をさらに知りたい方には、中部地域公共交通研究会・編著の成功するコミュニティバス」(学芸出版社,2009年発刊)がお薦めです。

相反する動きを乗り越える新たな動き「住民主体のバスづくり」

 バス業界が構造改革による事業縮小と経費圧縮を志向する一方で、、地域住民は路線網拡大を求めています。両者は相反する立場とすら言える状況です。しかし、それを乗り越える新たな動きが生まれてきました。それが「住民主体のバスづくり」です。地域住民が主役となり、事業者・自治体も組み合わさりながら、立場の違うものが利害を調整しながら運行する交通機関となっています。
 地域の交通においては、地域住民の利用意思は特に重要なファクターと言えるでしょう。いくら地域住民が要望しようとも実際に利用されなければ事業者にとっては経費がかさみますし、自治体としては補助金の無駄遣いになるからです。ゆえに慎重な判断が求められ、計画段階から住民が参加することが重要であるといえます。
 住民主体のバスづくりの萌芽となったのが、神戸市の「住吉台くるくるバス」です。このバスが走る住吉台地区には、公共施設もスーパーもありません。そんな住吉台地区に阪神淡路大震災の被災者が移り住んだことで顕在化した「バス路線がない」という問題に対応するため、地域住民が主体となって運営組織を立ち上げ、バスを走らせ始めたのです。
 地方部でもこうした動きはあります。兵庫県佐用町の「江川ふれあい号」では江川地区における路線バスの廃止に対応するため、住民と専門家と行政が協働し、6年がかりで本格運行にこぎつけました。
 そして住民主体のバスづくりをシステム化し、自治体内に広める動きも出てきました。それが、横浜市の「地域交通サポート事業」です。このシステムでは、横浜市に登録した住民団体は、交通に関する専門家の紹介や実証運行時の赤字補てんを受けることが可能です。

 
横浜市の「地域交通サポート事業」の仕組み。(出典:横浜市道路局)

横浜市の「地域交通サポート事業」の仕組み(出典:横浜市道路局)

 

 こうした動きは今後もシステム化され、全国に広がっていくと考えられます。
 詳しくは前章で紹介した「成功するコミュニティバス」のほか、森栗茂一氏ほかの「コミュニティ交通の作り方 現場が教える成功の仕組み」(学芸出版社,2013年)がよい参考となります。

これからのバス事業に必要なのは「密なコミュニケーション」

 私はバス業界での就労経験者で、事業者と利用者の双方からいろいろな話を聞いてきました。その中でバス事業者が抱く利用者へのイメージと、利用者のバスに対するイメージの間に強い「ズレ」を感じています。
 バス事業者、特に日頃利用者と接する運転士からは「乗り方くらい知っておいてほしい」・「ダイヤ通りに運行できるはずのないダイヤなのに文句を言われても困る」・「過重労働でイライラする」・「マナーが悪くてイライラする」・「会社は現場を見ていないから好き勝手いう」といった声を聞きました。
 一方、利用者からは「バスは使いづらい」という声を最も多く聞きます。詳しく掘り下げてみると、「乗り方がわからない」・「降りる場所がわからない」・「乗る場所もわからない」・「時刻通りに来ない」・「運転士さんが怖い」といったもので、それらの多くは経験に立脚していました。
 これでは、バス事業に新たな動きをもたらすどころではありません。まずは地域住民(あるいは利用者)にバスの利用方法やバス業界の現状について知ってもらい、バス事業者は運転士の負担軽減のための施策を行う必要があります。また、労働に対する多様なニーズを拾い上げ、新たな働き方を提供することも有用ではないでしょうか。
 そして、密なコミュニケーションが求められます。まずは利用者とバス事業者が交流するところから始め、そこに行政などが後押しをすることになるでしょう。可能であれば、バス運転士も参加するものであってほしいです。絶対的に距離の近いもの同士が話をした方が、相互理解を深める効果があるからです。

 
こういった車庫の解放イベントも地域住民との交流には欠かせない。(撮影:鳴海行人・2011年)

こうした車庫の解放イベントも、地域住民との交流には欠かせません(撮影:鳴海行人・2011年)

 

 また、取組みは時間をかけて小さく始めたほうがよいでしょう。効果の範囲は小さいかもしれないかもしれませんが、地道な取り組みを繰り返すことこそが、ひずみも少なく、バス事業者と利用者の「壁」を乗り越える近道であると思います。
 地域住民を主役としてバス路線を一緒になって作ることで、ただ走るだけではなく、街を構成する生きたツールの1つとしてバスが位置づけられるのではないでしょうか。

[参考文献]
・鈴木文彦(2013)『日本のバス―100余年のあゆみとこれから』 成美堂出版
・森栗茂一・猪井博登・時安洋・野木秀康・大井元揮・大井俊樹 (2013)『コミュニティ交通のつくりかた―現場が教える成功のしくみ』学芸出版社
・中部地域公共交通研究会(2009)『成功するコミュニティバス―みんなで創り、守り、育てる地域公共交通』学芸出版社
・谷内久美子(2016)「関西地域の住民主体型の新しい公共交通」『運輸と経済』76(3). pp. 74-81. 運輸調査局
・額田樹子・柳井和彦(2009)「横浜市地域交通サポート事業―~交通手段確保への住民主体の取り組み~」『都市計画』58(5). pp. 62-63. 日本都市計画学会
・日本バス協会(2014)「日本のバス事業」 http://www.bus.or.jp/about/pdf/h26_busjigyo.pdf

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地域を俯瞰的に見つつ、現在に至る営みを紐解きながら「まち」を訪ね歩く「まち探訪」をしています。「特徴のないまちはない」をモットーに地誌・観光・空間デザインなど様々な視点を使いながら、各地の「まち」を読み解いていきます。