20年のまちづくりとICT施策が生んだ地方創生の町・神山(徳島県)

 最近、「地方創生」が叫ばれる中、注目されているのが徳島県神山町です。「サテライトオフィス」が10社もあり、空き家を「逆指名」で提供するというユニークな方法で人口を増やすというめざましい成果を挙げました。その神山町のまちづくりについて、地域の活動と徳島県のICT施策を絡めて紹介したいと思います。

全国に知られる地方創生の町、「徳島県神山町」

 最近、「地方創生」という言葉をよく耳にします。何とか地域に明るい材料を作ろうと、各地域では様々な方法が模索され、成功して注目を浴びている地域もあります。
 その中で空き家を「逆指名」で提供するというユニークな方法をとったことで人口を増やすというめざましい成果を挙げた自治体があります。徳島県神山町です。町内にはも「サテライトオフィス」が10社もあり、ITのまちとしても注目されています。しかも神山町のウェブサイトは日本のみならず世界からも多くのアクセスがあるようです。
 今回はそんな神山町のまちづくりについて見ていきたいと思います。

 
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神山町神領地区の遠景(撮影:鳴海行人・2015年)

神山町について

 神山町は徳島県の中央部に位置しています。鮎喰川が集落をつないでいる典型的な山村で、昭和の大合併により阿野・鬼籠野(おろの)・神領・下分上山・上分上山と5つの村が合併して人口2万人の町として誕生しました。現在の人口は6千人ほどにまで落ちこんでいます。
 神山という地名は古代の話に由来しています。阿波国が古くは粟国と称し、大宣都比売を中心とした粟を耕作する種族が神山町のエリアに住んだことから「神が開いた土地」として「神領」・「神山」という名前が残り、そこから町名をとったそうです。
 昭和の大合併当時は阿野村の人口が最も多かったのですが、地理的にも伝承的にも町の中心となっている神領地区に役場が置かれ、現在に至っています。
 産業は元々林業が主体で、わずかな平地や棚田・段畑で農業を行っていました。観光地も神山温泉がありますが、そこまで有名な温泉地ではありません。とにかく平凡な山村という印象を受けます。
 交通に関してはバスが徳島駅から20.5往復運行しており、鮎喰川に沿った系統が14.5往復、佐那河内村経由が6往復運行されています。徳島駅からの所要時間は70分、運賃は1000円です。
(参考)徳島バスへのリンク:神山線(鮎喰川沿い)佐那河内線(佐那河内村経由)

 道路は町の東西を国道438・439号線が貫いており、2車線道路が神領地区まで整備されています。神領地区には道の駅やコンビニがあり、休憩ポイントとなっています。一方で神領地区から奥は時折1車線の細い道となり、上分(川又)から他の方面へ向かう道は、それなりに運転に熟練していないと危険な急な山道です。

 
神山町周辺地図。 ベースはopenstreetmap。

神山町周辺地図。 (OpenStreetMapを元に作成) © OpenStreetMap contributors

神山のまちづくりの歴史、そして県とメディア

 神山町のまちづくりの歴史は1997年にさかのぼります。徳島県が国際文化村を神山町に作る構想を作り、それに呼応する形で地元で「国際文化村委員会」ができました。これが現在、神山町のまちづくりの中心を担う、NPOグリーンバレーとなっています。
 彼らの共通した行動目標は「出来ない理由より、出来る理由を考える」・「とにかくやってみる」というものです。その証に自ら芸術家を呼び寄せてアートを作ってもらう「神山アーティスト・イン・レジデンス」を始めました。これは国際文化村構想がなくなった代わりに始めたもので、海外から芸術家を招いて住んでもらい、アートを作ってもらうプロジェクトです。
 半分移住支援のような取り組みであり、結果的に2007年には移住支援センターの業務を行うようになり、イギリス人デザイナー向けの1軒目の空き家改修を行いました。
 はじめはアート寄りの移住促進活動だったのですが、転機が訪れます。名刺管理アプリで有名なSansan株式会社(当時の社名は三三)の寺田社長が神山町を訪れ、町内の空き家にサテライトオフィスをつくったのです。

 
サテライトオフィスのひとつ、「えんがわオフィス」

サテライトオフィスのひとつ、「えんがわオフィス」(撮影:鳴海行人・2015年)

 

 これには2つの後押しがありました。ひとつは先から述べているグリーンバレーのメンバーの行動と支援で、今まで培ってきたノウハウを生かしての誘致でした。
 もうひとつは徳島県のICT施策です。テレビの地デジ化に伴い、徳島県で今まで視聴可能であった大阪のテレビ局の番組が視聴不可になり、3局しか移らなくなる懸念がありました。そこで、県知事飯泉嘉門氏の号令の下、徳島県に通信と放送を融合したCATV網を張り巡らせ、放送の便宜を図りつつ通信のブロードバンド化を行いました。
 これにより、神山町に通信の高速回線が引かれていたのでした。この施策は県知事の飯泉氏は郵政省でCATV網の利用実験を手がけていたことが大きかったと思われます。
 さて、サテライトオフィスを構えたSansanの社員ですが、川辺で仕事をするなど「自由なリモートワーク」を行っていました。この様子がNHKの目にとまり、取材・放映されると、全国のIT企業が神山町に注目するようになります。
 こうして、一気にまちづくりが進み、いくつものサテライトオフィスやコワーキングスペースが誕生しました。平行して、グリーンバレーは町に必要なものを洗い出し、「この古民家はXXという職種の人に貸し出します」といった空き家の借り手募集を行う「ワーク・イン・レジデンス」をすすめ、パン屋やカフェが誘致されました。こうしたゆるやかなまちづくりを行うことで、更なる注目を浴び、今では複数の企業が神山町に進出し、各自治体からの視察も多く訪れるようになっています。

 
 コワーキングスペース「神山バレー・サテライトオフィス・コンプレックス」

コワーキングスペース「神山バレー・サテライトオフィス・コンプレックス」(撮影:鳴海行人・2015年)

これからの神山町に必要なのは「人の動きを作る仕掛け」

 このように一地域の取り組みが結実し、神山町内に進出してきた企業も様々な取り組みを始め、一見上手くいっているように見えますが、課題もあります。それは移住者と地域のひとの交流が少ないという現状です。
 地域に元からいる人間が地域の人間同士で、地域外からの移住者が移住者同士で交流しているといいます。このような状況は地元出身の人間を帰ってきづらくもしているという声もあります。雇用先はあっても「知らない人が多い」というのがその理由です。
 また、地域によって差が出ている実情もあります。現在神山町でサテライトオフィスなどで注目されているのは神領地区に限られています。しかし、神山町には阿野・鬼籠野・上分などいくつもの地区があり、そちらにはこの地方創生の流れは波及していないのが実情です。まだまだ「一地区のとあるレイヤーにおける成功」に限られています。
 これに対して、グリーンバレーのメンバーはどう思っているのでしょうか。グリーンバレーの理事長の大南氏はこれまでの取り組みを「価値観を共有する「人」と「人」とのつながりが自然に新しい動きを産む」と総括したうえで「すべては人の動きありきだ」と語ります。

 
神山町のほとんどはこのような山村だ。

神山町のほとんどはこのような山村だ(撮影:鳴海行人・2015年)

 

 神山町はこれまで、外からの人の流れを作ることには成功しました。しかし、また、外から人を呼び込むばかりで地元の人間は出ていったきり帰ってくることのできる環境とはまだまだ言い難いのが実情です。今のままではただ注目されるだけで、人は定着せず、Uターン希望者は帰ってこないままになることが危惧されます。
 いま必要なもの、それは町内の人の動きを作ること、つまり移住者と地元の結びつきを作り上げていく仕掛けをつくることでしょう。
 神山町のまちづくりはちょうど曲がり角にさしかかっているのかもしれません。しかし、やるべきことは割とはっきりしています。ゆえに、近い未来には人の動きも生まれ、さらに新しい神山の価値が生まれることが期待できるといえるでしょう。

 
神領地区(一部)の地図。

神領地区(一部)の地図  (OpenStreetMapを元に作成) © OpenStreetMap contributors

 
カフェ・オニヴァ。交流拠点としても期待される。

カフェ・オニヴァ。交流拠点としても期待される(撮影:鳴海行人・2015年)

 

[参考文献]
・神山町史 神山町史編集委員会 編,2005
・TAC REPORT vol19.no4 Top Interview 「全県CATV構想でブロードバンド環境を整備」 電気通信高度化協会 編,2003
・イン神山 http://www.in-kamiyama.jp/
・四国の山里で働くという選択——IT企業が惹きつけられる町・徳島県神山町 http://www.ashita-lab.jp/special/637/
・【徳島県神山町】メディアの神山町が全てじゃない―移住者と地元民の間の私― http://motokurashi.com/kamiyama-hirooka/20150109
・「神山プロジェクト」の20年の軌跡から学ぶ、“地域づくり”に重要な4つの視点 http://wanderer.jp/t04/
・サテライトオフィスから有機農産物? 移住者が新しい変化を生む神山町が描く未来とは http://wanderer.jp/t06/

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鳴海 行人
matinote仕掛人・ライター・マネージャー(編集長) 90年生まれのまち探訪家。 地域を俯瞰的に見つつ、歴史を掘り下げて現在の姿への系譜を探りながら、まちを観察をしています。地誌・地方都市・総合交通体系・ロードサイド・観光・空間デザインなど様々な視点を駆使し、まちを読み解くことがひとつの楽しみです。