4月、今年も新生活のシーズンです。昨年は「新年度!今日からできる『ちょっと快適通勤』のすすめ」として、東京圏の朝ラッシュにまつわる話をお届けしました。今年は舞台を変え、大阪、神戸、京都―すなわち「京阪神圏」の朝ラッシュの様子と特徴をご紹介いたします。
朝ラッシュは首都圏と比較するとまだ余裕のある混雑
京阪神圏の朝ラッシュは、混雑に余裕があります。
最も混雑する路線は、大阪を貫く大動脈、大阪メトロ御堂筋線で、最混雑区間はターミナルの梅田からビジネス街の淀屋橋にかけての区間です。いかにも混雑が激しそうですが、平均混雑率はなんと147%(立って新聞が読める程度)に収まっています。
もちろん列車や乗る号車によって混んでいる時もしばしばありますが、概して東京よりは空いています。例えば全国で最も混雑する東京メトロ東西線は199% (体が触れあい相当圧迫感がある)で、大きな差があります。大阪メトロ御堂筋線の147%は、東京で言えば東京メトロ副都心線や京急本線に相当する値で、東京でいわゆる「混雑路線」として話題に上がることはないレベルです。
今度は京阪神圏全体の電車の混雑事情をグラフで見てみましょう。このグラフは、京阪神圏の主要20路線における朝ラッシュピーク1時間での「混雑率」「輸送力」「輸送人員(=利用者数)」の推移を表しています。混雑率は各線の平均値、輸送力・輸送人員は各線の合計値です。
京阪神圏でも1965年には平均237%(身動きが取れない)で、しばらくは混雑が激しい時代がありましたが、それでも年々目に見えて緩和しています。そして2016年には平均122%(定員乗車~楽に新聞を読める)にまでなりました。いまだに首都圏では平均165%(楽に~無理をすれば新聞を読める)であることを考えると、かなり「楽」な通勤列車になっていることがわかります。
なぜ首都圏と比べて混雑に差があるのか?
それでは、なぜ京阪神圏の朝ラッシュの混雑は首都圏と比べて「楽」なのでしょうか。真っ先に考えられるのは、都市圏人口の違いです。首都圏は約3,000万人、京阪神都市圏は約1,800万人で、かなりの差があります。実際、京阪神圏の人口は1970年ごろから転出による社会減が目立ち、主に首都圏へと人口流出していきました。原因は経済的条件やサービスの集積で、直接的な現象では製造業や本社機能の流出が起きたと言われています。
とはいえ、人口の絶対数だけで混雑緩和の説明はできません。都市圏人口2,000万人は首都圏と比べると少ないですが、世界的には有数の大都市圏なのです。
そこで、首都圏の混雑事情と比べると、2つの理由が浮かび上がってきます。
1つめは、輸送力と輸送人員のバランスです。先のグラフで見た通り、最も輸送人員が多かった1985年ごろと比べると、現在は 2/3 程度に減少しています。一方で輸送力はそこまで減少しておらず、最も多かった2000年の9割程度です。つまり、輸送人員が多い時代に合わせて線路設備や車両を揃えて輸送力を上げた結果、輸送人員が減った現在では余裕を持って運べる状況になっています。一方、首都圏ではこれほど輸送人員が減っておらず、未だに増え続けている路線もあります。
2つめは、都市圏の構造の違いです。首都圏の流動は一極集中構造で、郊外からの通勤、通学はその大半が東京23区へ向かいます。そのボリュームはなんと1日514万人にも達します。(平成27年 「大都市交通センサス」より)
衛星都市である横浜、川崎、さいたま、千葉などへ向かう流動も決して少なくはありませんが、23区への流動と比べると大きく開きがあることがわかります。
これに対して、京阪神圏は大阪、神戸、京都の3都市が核となる多核型構造です。通勤・通学先は大阪市が最多となっていますが、約90万人で東京の 1/5 です。一方で京都、神戸を目的地とする流動は多く、神戸市へは約30万人、京都市へは約24万人となっています。
絶対量は首都圏の衛星都市と同等ですが、大阪へ向かう流れとの差が小さいことがわかります。
そのため、例えば京都では、朝ラッシュ時間帯に以下のような光景が見られます。
流動が分散する多核型構造は、鉄道の設備を無駄なく活かせるため、朝ラッシュにも対応しやすくなります。
以上の2つは、京阪神圏の特徴と言えそうです。
混雑が「楽」だからこその車両運用
ここまでは首都圏と比較して京阪神圏の混雑が「楽」という実態と理由とを紹介してきました。さて、ここからはその混雑の「楽」さゆえに見られる京阪神圏ならではの光景をいくつかご紹介します。
1つ目は、「3扉・クロスシート」といった、一般に通勤輸送には不向きと言われる車両による運行です。
多くの鉄道会社では混雑が激しい朝ラッシュに対応可能な車両を主に新造し、それを主力として使います。一方で、平行して走る路線があり、路線同士が競争関係にある場合はサービスの面での競争が発生します。すると、車内の居住快適性を重視したドア数が少なく椅子の多い車両や他人との視線がぶつかりにくいクロスシートの車両を導入することがあります。しかし、こういった車両は人が車内奥まで入っていかないため、朝ラッシュ時に運行するには不向きと言われています。そのため、朝ラッシュ用の車両を別に持たなくてはいけない可能性もあり、それは経営上の観点から言えば、あまり行いたくないと言えます。
さて、京阪神圏ではJRと私鉄が平行して走る場所が多く、競合する路線がいくつもあります。そのため、全体的に車内の居住快適性が重視されてきたと言われます。特に大阪ー京都間における「JR対京阪対阪急」の競争が典型的で、各社とも都市間輸送に重点を置いたクロスシート車両を積極的に導入してきました。
これができたのは実は朝のラッシュの混雑が比較的「楽」であり、詰め込みの効きにくい、車内の居住快適性を重視した車両を朝ラッシュ時でも運用できる余裕があったからこそと言えます。
また、最近では車内の居住快適性をさらに向上させるため、「通勤ライナー」に類する着席保証列車も現れ始めました。2015年末には南海電鉄・泉北高速鉄道の「泉北ライナー」が、2017年夏には京阪電鉄の「ライナー」が運行開始をしています。同様の列車は首都圏でも夕ラッシュ時間帯に導入が相次いでいますが、京阪神圏では朝ラッシュ時間帯、特に「泉北ライナー」はラッシュのピーク時にも運行されているのが特徴的です。
京阪神圏の電車は遅れないのか?
2つめに列車の「遅延」について京阪神圏ならではの話をします。通勤では「遅延」の問題も重要です。例えば、2016年に首都圏の45路線、1ヶ月間の平日を調査したデータを見てみると、全20日中10日以上遅延している路線が少なくありません。中にはJRの中央・総武線各駅停車のように、20日中の19日、つまりほぼ毎日遅延証明書を発行している路線も存在しています。首都圏では通勤電車の慢性的な遅延が問題となっているといえます。
一方で京阪神圏では、首都圏ほど遅延が問題になってはいません。体系的なデータは公開されていないものの、各社のホームページで遅延証明書の発行状況を見る限りではそう言えそうです。
とはいえ、JR西日本の各線は遠距離を運行する列車が多く、路線を跨いだ直通運転も盛んなために比較的遅れがちです。それでも首都圏のような混雑が原因の遅延が頻繁に起きているわけではありません。
おわりに
京阪神圏の通勤・通学ラッシュに伴う混雑について、その様子と特徴をお届けしました。首都圏よりも混雑は「楽」であり、車内居住性が高い車両が運行しているなど全体的には高サービスの印象を受けます。とはいえ近年は通勤・通学利用者が減少傾向にあり、鉄道各社の経営的には喜んでもいられないことが実情です。そうした中で観光利用者の誘致が意識され、前回ご紹介した駅名改称、マーケティングのような動きに繋がっていると言えます。
一方で、利用者にとっては通勤・通学が「楽」ということはうれしいことであるのは間違いありません。
この時期は就職活動中の方や、会社に入って配属希望地をこれから出す方も多い時期かと思います。もし、「満員電車に乗りたくない!」……けど「都会に住みたい!」のであれば、大阪を希望してみるのもいいかもしれませんね。
てぃえくす (旧 夕霧もや)
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