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【交通】広島には「ワープ」の申し子があった!―移動手段による認知地図と体感時間のズレの謎を追え (後編)

 前回の記事では、乗ると「ワープ」のように感じる首都圏の交通機関を「認知地図」という切り口からご紹介しました。今回は首都圏以外の「ワープ」な交通機関を取り上げると共に、認知地図以外の観点からも「ワープ」の理由を探ってみたいと思います。

ワープの申し子―広島電鉄バス「西風新都線」

 「ワープ」ここにあり、と感じられるのが広島電鉄のバス路線「西風新都線」です。

 
広島バスセンターにて発車を待つ西風新都線のバス(撮影:夕霧もや・2017年)

広島バスセンターにて発車を待つ西風新都線のバス (撮影:夕霧もや・2017年)

 

 西風新都線は広島市の中心部・紙屋町に位置する広島バスセンターを起点とし、丘陵部に開発されたニュータウン「西風新都」を結ぶバス路線です。途中、JRと広島電鉄が乗り入れる横川駅にも立ち寄ります。

 まずは実際に乗ってみましょう。広島バスセンターを出発した西風新都線は、昼間時間帯は横川駅に向かいます。途中に停留所がなく8分ほどで到着するのですが……これが第一の「ワープ」です。
 ほぼ同じ区間の紙屋町西~横川を路面電車で移動すると、停留所6つに止まり15分程度を要します。私も同区間の移動には15分程度かかるイメージを持っていたため、あれよあれよと横川駅に着いた際に「ちょっとワープした!」という感想を持ちました。
 しかし、本番はここからの区間です。横川駅を出発して3つめの停留所を過ぎると、バスは高架へ上がり、広島高速4号線に乗ります。中低層の雑居ビルが立ち並ぶ市街地を眼下に見ながら「広島西大橋」を超えると「西風トンネル」に突入します。

 
広島高速4号線の広島西大橋と西風トンネルの開口部の写真 (写真はWikipediaよりCC3.0に基づいて使用 撮影:Lightslateblue,2009)

広島高速4号線の広島西大橋と西風トンネルの開口部の写真 (写真はWikipediaよりCC3.0に基づいて使用 撮影:Lightslateblue,2009)

 

 西風トンネルは約4kmの長さがあり、一気に山を貫いています。トンネルを抜けると……視界には一気に山が広がりました。麓には新交通システム「アストラムライン」が走り、少し遠くに高層マンションが聳えます。
 先ほどまでの市街地とは全く違う風景が広がっており、かなり「ワープ」した感覚を覚えます。バスはその後、西風新都エリアに向けて走って行きます。

 さて、西風新都線を地図上で見てみると下図のようになっています。

 
西風新都線と関連路線図 (縮尺:1/75000 OpenStreetMapを元に夕霧もや作成) © OpenStreetMap contributors

西風新都線の路線図 (縮尺:1/75000 OpenStreetMapを元に夕霧もや作成) © OpenStreetMap contributors

 

 広島市中心部を出るとトンネルに入り、直線的に丘陵地帯のニュータウンにアクセスしていることが分かります。
 この区間は軌道系交通機関としてアストラムラインも走っていますが、山を抱き込むようにぐるっと大回りするため本通駅~大塚駅で36分を要します。こちらは実際に乗ると広島市街地から大塚駅までかなり遠い印象を受けました。
 この「遠い」というイメージを前提にすると、バス(西風新都線)は広島バスセンター~大塚駅を22分で結んでおり、相当に「近い」と感じます。ちなみに朝・夕は横川駅に寄らない系統 (点線で記載) も運行され、最短13分とさらに速くなります。

 前回、地下鉄丸ノ内線を「ワープ」に感じる理由として「認知地図とのズレ」「直線コース」「地下(トンネル)だと、どこを走っているか分からない」の3点を上げました。この西風新都線は3点にぴったり当てはまります。加えて、長いトンネルを挟んで風景がガラっと変わるため、「ワープ」感が際立っています。
 トンネルは「ワープ」感においてポイントとなる設備です。概して直線で敷設されると共に、どこを走っているのか分からないためです。また、地形を無視して通されることも多く、比較対象となる鉄道や道路が地形に沿って走る場合に認知地図とのギャップを生みやすくなります。
 実際、前回比較対象としたJR山手線・JR横浜線は地形にあわせて建設されています。丸ノ内線、保土ヶ谷バイパス、西風新都線の「ワープ感」の背景には、地形を克服するインフラ建設技術の進歩もありそうです。

本来は「ワープ」のはずなのに? ―神戸-関空・ベイシャトル

 最後に、少々毛色が違う交通機関を取り上げます。一見「ワープ」と感じられそうなのに、そう感じられなかった事例です。それが、神戸空港と関西空港を結ぶ高速船「神戸-関空ベイ・シャトル」です。

 
2空港間を結ぶ神戸-関空ベイ・シャトルの船は、「そら」と名付けられている (撮影:夕霧もや・2017年)

2空港間を結ぶ神戸-関空ベイ・シャトルの船は、「そら」と名付けられている (撮影:夕霧もや・2017年)

 

 神戸空港-関西空港間は陸上経由だと離れていますが、直線距離ではかなり近くにあります。まずイメージされる空港リムジンバスや鉄道路線は陸側をぐるりと回り、関西空港-三宮間で1時間15分ほどかかります。一方の神戸-関空ベイシャトルは海上を直線ルートで運航することで、2空港間を30分で結んでいます。(三宮へは神戸空港で新交通システム「ポートライナー」へ乗り継いで計1時間はかかるため、リムジンバス・鉄道と同等の所要時間になります。)
 とはいえ「神戸」と名の付く地域へ30分で行けるため、やはりバスや鉄道で形成された認知地図を覆します。

 
神戸-関空ベイ・シャトルと鉄道・バスの比較(縮尺:1/100000 OpenStreetMapを元に夕霧もや作成) © OpenStreetMap contributors

神戸-関空ベイ・シャトルと鉄道・バスの比較(縮尺:1/100000 OpenStreetMapを元に夕霧もや作成) © OpenStreetMap contributors

 

 しかし神戸-関空ベイシャトルに乗った際、所要時間は短いはずなのにまったく「ワープ」感はありませんでした。……というのも当日は海が荒れており、船の揺れがかなり酷かったためです。僅か30分の乗船でも終始船酔いになるほどの乗り心地の悪さでした。
 こうした状況下では、「早く神戸空港に着いて欲しい」という思いが強くなります。つまり、「あと何分で着くか」を気にすることになります。そして心理学的には、「時間に注意を向ける頻度が増える」ほど体感時間が長く感じられるそうです。

おわりに

 「ワープ」のように感じる交通機関を今回は「認知地図」と「体感時間」のズレという観点から探ってきました。前編でご紹介した丸ノ内線や保土ヶ谷バイパスを「ワープ」と感じるかは、読者の皆さまからの反応が賛否分かれているようです。個々で受け止め方が違うようで、興味深く感じます。今回紹介した交通機関も人によって賛否別れるところもあるかと思います。

 認知というのは個々人によって違うものです。あなたの感じた「ワープ」はほかの人にとっては「遠い」と感じることもあると思います。
 そこで、ぜひ近くの方と「ワープ」感について話してみてはいかがでしょうか。他の人との感覚の違いや新たな「ワープ」の発見といった新鮮な体験ができるかと思います。また、実際に乗って「ワープ」感を探すというのも、単純な「移動」が違った時間になって充実するのでおすすめです。
 そして、皆さんのとっておきの「ワープ」を見つけてみてください。今までよりもぐっと「移動」が楽になるはずです。

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参考文献

コリン・エラード 訳 渡会圭子(2010)「イマココ 渡り鳥からグーグル・アースまで、空間認知の科学」早川書房.
一川誠(2010)「なぜ時間を長く感じたり、短く感じたりするのですか?」,『心理学ワールド』48
広島電鉄 HP:http://hiroden.co.jp/index.html (2017年11月21日確認)
関西空港交通 HP:http://www.kate.co.jp/ (2017年11月21日確認)
神戸-関空ベイシャトル HP:https://www.kobe-access.jp/ (2017年11月21日確認)

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てぃえくす (旧 夕霧もや)

ラッシュアワーの秩序ある混沌を観察する人。大きな都市の朝の風景はどこも滾ります。  旅で追いかけるのは「まち」の「一瞬」。通勤・通学で混み合う交通機関や、買い物客で賑わう商業施設。その「まち」でどのように機能しているのか観察するのが楽しいです。 あと、ご当地の甘いものに目がありません。名物も地元で愛されているものも、気になったら食べに行きます。