唐突ですが、移動したあとに「いま、ワープしたように速かったな」と感じることはないでしょうか。「あるある!」「ねーよ!」両方の声があるかと思います。
今回は、そんな「ワープ」を感じる交通機関と、その理由について考えてみたいと思います。
地下鉄丸ノ内線は「ワープ」?
皆さんは東京駅と池袋駅の移動というとどの路線を思い浮かべるでしょうか。おそらく、多くの方がJR山手線を思い浮かべると思います。
しかし、山手線で同区間を移動すると、所要時間は25分。山手線のほぼ半周になり、かなり「時間がかかる」と感じそうです。
ところが、別の路線を使うと、なんと16分しかかかりません。東京から新宿へは15分、渋谷へは18分と考えると池袋がぐっと近くなったように感じます。
さて、この「速い」路線。実は地下鉄丸ノ内線です。
実際に丸ノ内線に乗って東京駅から池袋駅に移動すると、あっという間に到着します。そこで思わず「あれ?ワープしたかな?」と思うのです。
では、次にこの「ワープ感」の謎を解いてみましょう。そもそも、丸ノ内線は池袋と新宿を遠回りで結んでおり、さらに駅間距離の短い地下鉄ということからも「遅い路線」というイメージを持たれやすいかと思います。
しかし、実際の地図を見るとその「速さ」の理由がわかります。
なんと、JR山手線は北東に大きく出っ張って池袋に向かうのに対し、丸ノ内線は直線的に結んでいるのです。
そして、実は丸ノ内線は建設経緯の中で「池袋および新宿と丸ノ内(東京)の間をまっすぐつなぐ通勤の足」という風に位置づけられています。そのため、東京メトロが発行しているパンフレット「あしたのメトロ」でも「直進ルート」が強調して紹介されています。
なぜ「ワープ」に感じるのか
丸ノ内線を「ワープ」に感じる理由として、3点の仮説を上げたいと思います。
1つ目は「認識している地理感覚とのズレ」です。
池袋~東京間16分を「速い」と感じた理由には、JR山手線との比較が挙げられます。人が東京の地理を認識する上で、「山手線」は非常に重要な役割を果たしています。(後でも触れています)私も例外ではなく、山手線を中心にして東京の地理を把握しています。そして、山手線をベースにした頭の地図において、池袋~東京間は「遠い」区間であると認識していたのです。
頭で認識している地図のことを学問的には「メンタル・マップ」、あるいは「認知地図」と呼びます。厳密には両者の定義は異なるようですが、今回は割愛します。
この「認知地図」で「繋がっていない、遠い」と思っていた2地点間が「結ばれており、近い」というズレが、「ワープ」の感覚を生むと考えられます。
2つ目は「直線コースで走っている」ことです。直線=距離が短い=早いため、当たり前と思えるかもしれません。しかし、直線コースを通ると心理的にも所要時間を短いと感じます。「車や徒歩で何度も角を曲がるルートを通ると、人は実際よりも長い距離を移動したように感じる」(エラード,2010)という研究が存在しています。鉄道や自動車のカーブをどう感じるかは定かではありませんが、直感的には直線の方が短く感じるのではないかと推測されます。直線コースは実際の速さと心理的な体感時間の短さ、双方をもたらしてくれそうです。
3つ目は「地下鉄はどこを走っているのか意識しづらい」ことです。
地下鉄に乗ると駅と駅の間の風景が見えず、頭の中で線で結びづらくなります。そのため「メンタル・マップ」が生成されづらいのです。すると、「丸ノ内線は東京と池袋を直線で結んでいる」というのは思いつき辛くなっています。
とはいえ、どの仮説も「心理的」要素に大きく依存しています。そのため、「ワープ」を感じるかは人それぞれで異なります。
道路と鉄道のズレ、「保土ヶ谷バイパス」
私が「ワープ」に感じた例をもう1つご紹介したいと思います。神奈川県の高規格道路、「保土ヶ谷バイパス」です。保土ヶ谷バイパスは東名高速道路の横浜町田インターと横浜市内を15分程度で結ぶ大動脈で、日本一交通量が多い一般道路としても知られています。とはいえ、ここを「ワープ」と感じた方はあまり居ないかもしれません。matinote編集部の他2名も「保土ヶ谷バイパス=当たり前に存在する道路」として認識していました。
しかし、初めてこの道路を通った時は「町田から横浜が15分!?」と、相当の衝撃を受けました。私は町田駅と横浜駅の間を移動するとき、いつも鉄道(JR横浜線)を利用していました。JR横浜線は町田駅から横浜駅まで30~40分程度かかるため、道路でもそのくらいかかるのではないかと認識していました。その認識が一気に覆った瞬間でした。
もっとも、保土ヶ谷バイパスにおける「町田」と「横浜≒保土ヶ谷」は、町田駅・横浜駅からは少し距離があります。車で町田駅~横浜駅間を保土ヶ谷バイパス経由で走ると30分程度はかかるため、点と点での所要時間は鉄道と変わりません。
地図で位置関係を見てみると、上のようになっています。駅からインターまでの遠さに加えて、JR横浜線の東神奈川~新横浜間の迂回と保土ヶ谷バイパスの直線ぶりが非常に対照的です。やはり、保土ヶ谷バイパスを「ワープ」だと感じた原因は個人の「認知地図」とのズレ、そして2点間を直線で結んでいる点に起因していそうです。
あなたの地理は道路から ? 私は鉄道から。
今回、「認知地図」を重要な要素として取り上げました。少し余談になりますが、人がどのようにして空間を認識しているのかを考えてみたいと思います。
このサイトの記事をお読み頂いているみなさまは、地理や都市・交通、旅行に興味を持っている方が多いかと思います。そうした方は、概ね「鉄道」ベースと「道路」ベースの2パターンに分かれる傾向があると感じます。乱暴に言ってしまうと、「時刻表」を読んで育ったか、「道路地図」を読んで育ったか、と表現できそうです。
私は小さいころから鉄道が好きだった上、家に車がない環境で育ちました。そのため、認知地図は鉄道路線・駅が中心になっています。一方、道路による地理的繋がりの印象が薄く、道路による空間の繋がりに意外性を感じることがしばしばあります。
逆に、matinote編集部の鳴海はクルマ移動での生活がメインで、本格的に鉄道を利用するようになったのは中学生になってからでした。そのため、彼は道路による空間の繋がりを中心にしており、しばしば鉄道の繋がりに意外性を感じているようです。みなさまはどちらでしょうか。
鉄道や道路に興味がない人でも、「認知地図」は都市や環境に大きく依存すると予想されます。例えば大学生を対象に東京の認知地図を調べた研究では、第一に新宿・渋谷といったターミナル駅、第二に山手線、中央総武線といったJR線が東京を説明するための地理的要素と認識されています。(黒,2017) 一方で道路はほとんど取り上げられておらず、東京の空間認識は鉄道に大きく規定されているようです。
おわりに
少々余談も挟みましたが、「ワープする交通」についてお届けしました。「ワープ」の感覚は、どうやら「自分が予測していた所要時間」より「体感時間」が短い時に味わえるようです。とはいえ、先述しましたが「ワープ」に感じるかは人それぞれです。自分なりの「ワープ」箇所を探してみるのも面白いかと思います。参考までに、matinote編集部で話に上った区間を羅列してみます。
・りんかい線(大崎~国際展示場駅間)
・都営大江戸線
・東京メトロ有楽町線 (市ヶ谷~銀座一丁目間)
・北陸新幹線 (長野~上越妙高間)
満場一致だった区間、意見が割れた区間双方があります。みなさんはどう感じるでしょうか?
さて、今回は首都圏を中心に紹介しましたが、「ワープ」が味わえる場所は首都圏に限りません。次回は他の地方を中心に、いくつかの特徴的な箇所をご紹介したいと思います。
参考文献
コリン・エラード 訳 渡会圭子(2010)「イマココ 渡り鳥からグーグル・アースまで、空間認知の科学」早川書房
若林 芳樹(1989)「認知地図研究をめぐる概念的諸問題」,『理論地理学ノート』6,1項-15項
黒 卓陽(2017)「東京の都市イメージ形成への鉄道路線の影響」,『法政大学大学院デザイン工学研究科紀要』Vol.6
http://repo.lib.hosei.ac.jp/bitstream/10114/13086/1/dgrad_6_td_kuro.pdf
東京メトロ「あしたのメトロ Vol.06 丸ノ内線」
http://www.tokyometro.jp/safety/customer/service/pdf/marunouchi_line_panph_2016.pdf
国土交通省 「平成 27 年度 全国道路・街路交通情勢調査 一般交通量調査結果の概要について」
http://www.mlit.go.jp/common/001187536.pdf
画像
裏辺研究所 RailStation.net
http://www.railstation.net/
(Webサイトは2017年11月14日確認)
てぃえくす (旧 夕霧もや)
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