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「時差通勤」を追いかけて―「時差Biz」を振り返る(前編)

近年、様々な労働問題が顕在化する中で「働き方改革」が模索されています。多様な働き方を支援し、快適な労働環境を提供することで社会の生産性を上げようという理念の下、様々な検討がなされています。

そうした動きの中、快適な環境という観点から、通勤ラッシュを改善しようという意見も出てきています。中でも、この7月に「時差biz」と題した大きな取り組みが行われました。今回は前編として、「時差Biz」についての紹介・臨時列車「時差Bizライナー」への乗車レポートを通じて取り組みを振り返っていきます。

「時差Biz」とは?

「時差Biz」という言葉、初めて目にする方もいるかと思います。これは、東京都が主導した「通勤ラッシュ回避のために通勤を変える働き方改革」を目的としたキャンペーンです。中でも、中心的に取り組まれているのが「時差通勤」の促進です。ラッシュの満員電車は、概ね都心に8~9時頃に到着する電車が最も混み合っています。ラッシュの時間帯を避けて乗車してもらうことで、「時差通勤者の快適な通勤」・「ピーク時間帯の混雑緩和」の実現を狙っています。

 
駅貼りの「時差biz」ポスター 撮影:夕霧もや・2017年

駅貼りの「時差biz」ポスター 撮影:夕霧もや・2017年

 

2016年8月に都知事に就任した小池百合子氏は、選挙の公約として「満員電車ゼロ」を掲げていました。具体的なプランとして紹介された「駅のホームまで含めた総2階建て電車の導入」を耳にした覚えがある方もいらっしゃるかと思います。そんな小池都知事が現実的な通勤ラッシュ緩和策として打ち出したのが、「時差Biz」です。

通勤問題がクローズアップされた背景には、小池都知事の学生時代の個人的な経験も影響しているそうです。同氏は「時差Biz」の第1回 快適通勤プロモーション協議会にて、「学生時代に降車駅で降りられず、隣の駅まで連れて行かれたことがありました。満員電車に乗らない生活をしたいと考え、海外でスキルを身に付ける道を選びました」と語っています。

「時差Biz」の象徴?「時差bizライナー」乗車レポ

「時差Biz」の期間中、ひときわ注目されたのが東急田園都市線の「時差Bizライナー」でしょう。田園都市線は、通勤ラッシュが激しい路線として知られています。国土交通省が公表している「混雑率」は平均184%となっており、全国のTOP10にランクインしています。

 
激しい混雑が現在も続く東急電鉄田園都市線。渋谷駅におけるピーク時の光景です、 撮影:夕霧もや 2016年

現在も混雑が激しい東急電鉄田園都市線。渋谷駅におけるピーク時の状況です。 撮影:夕霧もや 2016年

 

そんな田園都市線で、時差通勤の促進を狙って日頃最も速い「急行」よりも停車駅が少ない臨時列車が「時差biz」に合わせて増発されたのです。キャンペーンに合わせて特別に臨時列車を設定するのが珍しいためか、経済誌などでも話題になりました。

 
田園都市線の「時差Bizライナー」 撮影:夕霧もや・2017年

田園都市線の「時差Bizライナー」 撮影:夕霧もや・2017年

 

朝ラッシュ前の早い時間帯に停車駅が少ない速達列車を走らせることで、2つのメリットにより利用者の時差通勤を促進しています。
1つは所要時間の短さです。今回の「時差Bizライナー」は、中央林間駅~渋谷駅間を39分で走ります。ラッシュ時間帯の最速列車である準急は同じ区間に50分を要しており、差は大きなものとなっています。
もう1つは車内の快適性です。早い時間であるため空いていることに加え、停車駅を絞っているために人の動きが少なくなっています。
具体的なダイヤとしては始発の中央林間駅を6時4分に発車、途中長津田駅・あざみ野駅・溝の口駅のみに停車し、渋谷駅に6時43分に到着するものでした。渋谷駅からは東京メトロ半蔵門線へ直通して各駅停車として走り、押上駅が終点となっています。

 
駅のポスターでも所要時間・停車駅をアピール 撮影:夕霧もや・2017年

駅のポスターでも所要時間・停車駅をアピール 撮影:夕霧もや・2017年

 

さて、実際に「時差Bizライナー」に乗ってきました。始発駅の中央林間駅で、まず感じたのは宣伝への力の入れようです。上の写真のようなポスター類があり、ホーム(駅構内)には看板を持った駅員さんが6人程度は立っていました。また、ほぼ全てのホーム安全柵に運転を告知するポスターが貼ってありました。さらに、電車の到着する20分ほど前より「時差Bizライナーの運転がある」旨の放送が繰り返されており、この時間帯に利用すれば間違いなく「時差Bizライナー」に気付くようになっていました。

 
立て看板を持った駅員さんが点在する 撮影:夕霧もや・2017年

立て看板を持った駅員さんが点在する 撮影:夕霧もや・2017年

 

そうこうする内に「時差Bizライナー」が到着し、待ち列のお客さんが素早く席を確保していきます。ここで目に止まったのが、ライナーの発車前に到着する中央林間止まりの下り列車から「折り返し乗車」の形でライナーに乗り換えてくる乗客です。どうやら、渋谷方面から戻ってきてライナーに乗る利用者が一定数いるようです。

そして、座席が8割方埋まる程度で定刻の6時4分に中央林間を発車。次の長津田を発車すると席が埋まりきり、立ち客が出始めます。その後はあざみ野・溝の口ともに多くの乗客があり、最終的には「つり革と座席が埋まり、立ち客が増え始める」混雑率120%程度で渋谷に到着しました。他の列車もまだ混雑は激しくない時間帯のため、利用率は上々と言えるかと思います。
私は渋谷で下車しましたが、乗客の7割程度はそのまま半蔵門線へと乗り通していきました。

 
渋谷駅を発車する時点での「時差Bizライナー」 撮影:夕霧もや・2017年

渋谷駅発車時の「時差Bizライナー」 撮影:夕霧もや・2017年

 

実際のところ、「時差Bizライナー」が設定されたからと言って、ピークの時間帯が緩和されるほどのシフトは起こっていないとは推測されます。しかしながら、駅での大々的な宣伝の様子を見ると「アドバルーン」としては充分な存在感があったのではないでしょうか。
全体としての緩和に結び付かずとも、興味を持ってもらい、時差通勤なら田園都市線の混雑も酷くないことを利用者にアピールする役割は果たしていたと感じます。

乗ってみて、もう1つ印象に残ったのが「客層の偏り」です。見たところ、30代以上の男性サラリーマンが「時差Bizライナー」利用者の大半を占めている様子でした。時差通勤が認められている企業、できる立場の役職となると、そうした層に偏ってしまうのかもしれません。先に渋谷駅では7割程度が半蔵門線へ乗り通した旨を記しましたが、ピーク時よりも半蔵門線への乗り通しが多い印象を持ちました。大手町駅着がちょうど7時頃となるため、周辺へ通うサラリーマンが多かったのではないかと思います。
加えて、共働きの家族では女性が子どもを保育所へ連れて行くことが多いため、時差通勤はし辛いという話も耳にしました。複数の要因が重なり、利用者層に偏りが生じたと考えられます。

普段から「早朝通勤」に力を入れる京王線

以上の通り、東急田園都市線では臨時「時差Bizライナー」が話題になりました。しかし、普段から同様の効果を狙った列車を走らせている路線も存在します。それは、新宿駅を起点に多摩地域を結ぶ京王電鉄京王線です。京王線も、朝ラッシュの時間は所要時間が遅いことで知られています。例えば、ラッシュ時間帯には最も速い「急行」でも、調布駅~新宿駅間の15.5kmに35分を要します。

そんな京王線では、普段から「早朝特急」・「早朝準特」と称して、ピーク前の時間帯に多数の速達列車を走らせています。これらの列車は調布駅~新宿駅間を遅くとも20分で走り、ラッシュ時間帯との所要時間は非常に大きくなっています。京王井の頭線との乗り換え駅である明大前駅で利用状況を調査したところ、最も混む「早朝特急」はピーク時の最混雑列車に匹敵するほどになっていました。

 
最も混雑する「早朝特急」の明大前駅における状況 撮影:夕霧もや・2016年

最も混雑する「早朝特急」の明大前駅における状況 撮影:夕霧もや・2016年

 
今回の「時差Biz」に合わせて、京王線では「楽・得・通勤キャンペーン」としてピーク時間帯を避けて改札を通過すると京王グループ共通ポイントが溜まるキャンペーンを行っています。しかし、改札の通過時間は上記した最も混む「早朝特急」よりも早い時間が指定されています。ピーク時並に混雑する「早朝特急」にこれ以上乗客を増やしたくないという意図が読み取れ、時差通勤を促すダイヤ設定の難しさが垣間見えます。

「時差Biz」の意義

「時差Biz」の取り組み・目玉である「時差Bizライナー」の実情を見てきました。実のところ、今回行われた一連のキャンペーンが、すぐに混雑緩和に繋がることはないでしょう。しかしながら、利用者のみなさまが「通勤」について考える機会の提供には繋がったと感じます。

また、個人的には「時差Biz」の意義は、鉄道事業者が情報を開示して、利用者とのコミュニケーションを取ろうとし始めた点にあるのではないかと考えています。「時差Biz」のホームページでは、「鉄道事業者の取り組み」が紹介されています。その中では各社が列車毎の混雑状況などを公開し、利用者へと協力を求めています。これまでは混雑の情報はあまり公開されておらず、公開されても駅にポスターを貼る程度のささやかなものでした。その情報がオープンになるのは、利用者の選択肢を広げることに繋がります。

おわりに

今回、「時差Biz」について実情と意義をご紹介いたしました。しかし、実は「時差通勤」の取り組みは過去にも幾度となく行われてきました。次回は、そんな「時差通勤」の歴史を追いかけてみたいと思います。

関連記事

新年度!今日からできる「ちょっと快適通勤」のすすめ
「時差通勤」を追いかけて―昭和からあった時差通勤(後編)

参考文献

東洋経済ONLINE 2017.07.13 「効果は見えない?『時差Biz』本当に定着するか」(2017年7月29日確認)
http://toyokeizai.net/articles/-/180339
THE PAGE TOKYO 2017.07.22「さらば通勤ラッシュ?『時差Biz』キャンペーンの意味とは」(2017年7月29日確認)
https://thepage.jp/tokyo/detail/20170722-00000002-wordleaf
東京都「時差Biz」(2017年7月25日確認)
https://jisa-biz.tokyo/
東京都「時差Biz協議会レポート 第1回 快適通勤プロモーション協議会」(2017年7月29日確認)
https://jisa-biz.tokyo/committee/01.html
国土交通省 交通政策審議会「東京圏における今後の都市鉄道のあり方について(答申)資料編」(2017年7月25日確認)
http://www.mlit.go.jp/common/001138592.pdf
国土交通省 「混雑率データ 平成28年版」
http://www.mlit.go.jp/common/001139448.pdf
内閣府 男女共同参画白書 平成28年度版 「フレックスタイム制を導入している企業の割合の推移」(2017年7月29日確認)http://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/h28/zentai/html/zuhyo/zuhyo01-00-18.html
東京急行電鉄「朝6時台の田園都市線臨時特急列車『時差Bizライナー』を運転し、
複数企業と連携したクーポン配信で朝活を推進」(2017年7月29日確認)
http://www.tokyu.co.jp/file/170627-11.pdf
京王電鉄「『楽・得・通勤キャンペーン』を実施します!」(2017年7月29日確認)https://www.keio.co.jp/news/update/news_release/news_release2017/nr170628_rakutoku.pdf
京王電鉄「楽得通勤キャンペーン」 駅配布チラシ

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てぃえくす (旧 夕霧もや)

ラッシュアワーの秩序ある混沌を観察する人。大きな都市の朝の風景はどこも滾ります。  旅で追いかけるのは「まち」の「一瞬」。通勤・通学で混み合う交通機関や、買い物客で賑わう商業施設。その「まち」でどのように機能しているのか観察するのが楽しいです。 あと、ご当地の甘いものに目がありません。名物も地元で愛されているものも、気になったら食べに行きます。